『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?』 中島義道著 (角川文庫)角川書店

今や日本人の引きこもり150万人、年間自殺者3万人。人生は理不尽であり、解決法もない。著者自らの引きこもり体験等をふまえ、生の根本を見つめ、この世を生き抜く術を綴ったエッセイ。

所詮人生は、理不尽で虚しい。いかなる人生を営もうと、その後には「死」が待っている。「どうせ死んでしまう」という絶対的な虚無を前にしながら、なぜ私たちは自ら死んではならないのか?生きることの虚しさを徹底的に見つめ、それをバネにたくましく豊かに生きる道を指南する、刮目の人生論。無気力感に苛まれる時、自分に絶望し苦悩する時の必携本。(Amazon.jp)


「うっわー、なんという”それを言っちゃおしまいよ”的タイトル! あっはっは!!」(←笑うとこじゃありません)と思いつつ読みました。申し訳ありません。

中島義道さんの著書は何冊か読んだのですが、どれを読んでも、本当に生一本でぶれないという印象です。

故河合隼雄さんが「真実は劇薬」というようなことを書いてらっしゃいましたが、あえて中島さんは、その「劇薬」で勝負してらっしゃる方です。
このような「王様は裸だ」と言ってまわる生き方はさぞかしつらいだろうということは想像に難くありません。

中島義道さんの考え方は、一見、「明日、地球が滅びるとしても、君は、りんごの木を植える」というような途方もない楽天主義から、残酷なまでの希望から、遠いように見えるのですが、
「いや、ことさら生きがいなど求めなくてもいい。「生きること」そのことは、いかなる仕事よりも価値ある仕事なのであるから……」
というような文にも、中村義道さんの著書がたくさん出ていて、しかも、けっこう似たような内容(すみません)なのに、それでも読まれる理由の一つがあるように思いました。

初めて英語を習い始め、受動態を教わったときの文例が、"I was born."でした。なぜそんなことを覚えているのかというと、非常に多感な時期に、この文章を説明した先生が、「直訳すると”わたしは生まれさせられた”です。人間はみんな、自分の意志とは関係なく、生まれさせられるのです。」とおっしゃったからです。
そのあと「英語って合理的ですね」みたいな説明が展開されたのですが、わたくしはほとんど聞いちゃあおらず、「そうか、みんな、自分で生まれたくて生まれてきたわけじゃないんだよな。しかも生まれたときから、毎日毎日、死につつあるんだ。」と思ったことでした。

そこで、哲学者になる資質があれば、もしかしたら中島義道さんみたいになっていたかもしれませんが、残念ながらわたくしの場合は、「なぜ、地球上で人間だけが、こんなことを考える生き物なのだろう」「ほかにこんなことを考える生き物はこの宇宙にいるの?」という方面へ向かってしまい、SFを読み始め(笑)、天文学者になりたいなどという無謀な夢を一瞬見、それも遠い過去になり、今に至ります。

 明日処刑される死刑囚が、あなたの顔をまじまじと見て、「おれは何のために生きてきたのだろう」という問いを発するとき、あなたは答えられるだろうか。もしあなたがまともな人間なら、それは恐ろしく真摯な問いとして彼とあなたが共有している空間に響きわたり、あなたは沈黙するほかないのではないか。それがあなたの息子であったら、夫であったら、恋人であったら、あなたは涙を流しながら沈黙するのではないか。なぜならそれは「ほんとうの問い」だからであり、その問いの前ではいかなる人生の営みも色あせるような問いだからである。
 そして、誰でも同じ状況に投げ込まれているのだ。いま生きているすべての人は明日死ぬかもしれないのである。死刑囚は確実に死ぬことが決まっているが、われわれはそうではない、という論理はまやかしである。(中略)違いは処刑までの不定期の長さだけである。


この「真摯な問い」「ほんとうの問い」は、答えは出ないだろう。けれどもこの問いを一生問い続けることは、なんと豊かな人生であろう、と著者は書いています。

この本を読んでいて、「一患者の祈り(詩、その他いろいろの名)」と呼ばれている、作者不明の詩を思い出しました。(興味のある方はMoreからどうぞ。)
人間は、なかなかこんなふうには生きられないけれども、そんな安らぎもあるんだということはわかります。

















大きな事を成しとげるために強さを与えてほしいと神に求めたのに
謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった

偉大なことができるように健康を求めたのに
より良きことができるようにと、病弱を与えられた

幸せになろうとして富を求めたのに
賢明になるようにと、貧しさを授かった

人々の賞賛を得ようとしてパワーを求めたのに
得意にならないようにと、弱点を授かった

人生を享受しようとしてあらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと、いのちを授かった

求めたものはひとつとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた

神のみこころに沿わぬ者であったにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はもっとも豊かに祝福されたのだ


**********

I asked for strength that I might achieve;
I was made weak that I might learn humbly to obey.

I asked for health that I might do greater things;
I was given infirmity that I might do better things.

I asked for riches that I might be happy;
I was given poverty that I might be wise.

I asked for power that I might have the praise of men;
I was given weakness that I might feel the need of God.

I asked for all things that I might enjoy life;
I was given life that I might enjoy all things.

I got nothing that I had asked for,
but everything that I had hoped for.

Almost despite myself my unspoken prayers were answered;
I am among all men, most richly blessed.


ニューヨーク大学のリハビリテーション研究所の壁に残されていた詩なんだそうです。
有名すぎて少し都市伝説のような気も(笑)。
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by n_umigame | 2009-06-17 00:06 | | Trackback | Comments(0)

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