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『反逆者に死を』 スチュアート・M・カミンスキー著/田村義進訳(新潮文庫)新潮社

裁判を目前に控えた反対制学者、アレクサンドル・グラノフスキーは自室で声明文の草稿を練っていた。窓外には彼を監視するKGB職員の影が見えている。時刻はずれのしつこいノックにしぶしぶ応えると、訪問者の姿。次の瞬間、グラノフスキーの胸には錆びた異形の鎌が突き立てられた。―凍てついた夜のモスクワに起きた殺人事件。ロストニコフに捜査命令が下った。(Amazon.jp)


カミンスキーのシリーズ物は、なぜか原著の出版どおりに翻訳出版されず、このシリーズもこの『反逆者に死を』がシリーズ第1作なのですが、2作目として日本では紹介されたそうです。
あと、カミンスキーの作品は、邦題をなんとかしたらどうなんだ、というような、安っぽい、いかにもなタイトルが多く読者を遠ざけているのではないかと。
早川さんや創元さんの、海外ミステリや海外SFのあかぬけた邦題タイトルに慣れ親しんでいると、よけいにそう思います。
もったいないことと思います。
かく言うわたくしですら、リーバーマン&ハンラハンコンビでこの作家さんを知らなかったら、手を出さなかったと思いますね。

さて、このシリーズの舞台はソビエト連邦時代。
モスクワ検事局付きの捜査官、ポルフィーリ・ペトロヴィッチ・ロストニコフが主人公です。
作中ロストニコフの父親が『罪と罰』のファンでこんな名前を付けたんだ、と語るシーンがあります。(真ん中は父称のはずなのですが)

カミンスキーの作品は、そこに人間の哀しさや卑しさ、この世界の厳しさや冷たさが描かれているにも関わらず、からだの真ん中あたりが温かくなるようなユーモアにあふれていて、なんとも言えず読んでいて気持ちが良いのです。
また、べたべたしないのに、確かな絆を感じる人間関係を描かせると秀逸です。
このロストニコフシリーズも然りでした。
ロストニコフと妻サラとの関係もそうですし、相棒はいないのですが、若い部下のサーシャ・トカッチやエミル・カルポに対するロストニコフの気遣いや距離の取り方などもいいんですよ。
ロストニコフの上司、アンナ・ティモフェーエワ検事との関係も絶妙です。

コンビ好きとしては、リーバーマン&ハンラハンのどつき漫才もとい爆笑コントもとい囮捜査のときの演技がサイコーに笑えて好きなので、ロストニコフにも相棒がいたらどんなに笑えただろうと、ちょっと残念です。

トカッチは若い捜査官で新婚ほやほやのラブラブ(死語)、わたしはメグレ警視シリーズのメグレの一番若い部下ジャンヴィエを思い出しました。
カルポは頬骨が高いのと身長が6フィート3インチもあるので、若い頃はタタール人、現在は吸血鬼と呼ばれていて、仲間内でも「あいつとだけはコンビ組みたくない」と思われているごりごりの原理主義的コミュニスト。犯罪者はどんな軽微な罪でも国家の寄生虫だと思っているワーカホリックな捜査官です。…なんですが、なんか、カルポも憎めないキャラクターで、第1作目ですでにハンパでない笑いを取ってくれて。

第1作目でお気に入りのシーンは(ほんとうに声を出して笑ってしまうのですが)、そんなカルポが警官なりすまし詐欺男を逮捕しようとして、かえってその男に情けをかけられて命を救われるシーンです。
そしてそのサーカスくずれの男に、ロストニコフが重量挙げのコツを聞き出そうとするシーンですね。
横で部下(カルポ)が腕の負傷の激痛で失神して昏睡状態になっているというのに、なんてえ上司だよ、と大笑いしたのですが、そのあとちゃんとカルポのお見舞いに行き、あわや片腕になるところだったカルポに良い医者をつけて、腕を切らずにすむようにしてあげたり。そういうひとつひとつの気遣いが、非常にさりげなくて押しつけがましさがなく、かっこいいのです。
ロストニコフは第二次大戦のとき15歳で戦場で足に負傷して、50歳を過ぎた今でも足が痛んだりむくんだりして、かばわなければならないので、体を鍛えるために重量挙げを始めたのですが、重量挙げの選手権のときとか、別の作品のトイレの修理のときとか、けっこうかわいいんですよ。自動車を持ち上げる怪力の持ち主のくせに。

また、ドルガルキという敏腕ドライバーが出てくるのですが、凍った道路や深い雪の中でも通行人を巧みによけたりしながらスピードを落とさず運転できる、というのがどれほどの技術を要するのか、寒い国で敏腕ドライバーと呼ばれるというのはスゴイよな、と「ウサビッチ」のコプチェフを思い出したりしてほくそ笑んでおりました(笑)。

この第1作はいかにもな感じの「ソ連てこんな国だよね」というような展開で、最後もそんな感じで締めくくられるのですが、そういったところが気にならなければオススメいたします。

邦訳の既刊は小品で、ごりごりの超大作を読み慣れた人には物足りなく感じるかもしれません。
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by n_umigame | 2009-07-03 22:51 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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