カテゴリ:本( 358 )

『その島のひとたちは、ひとの話をきかない : 精神科医、「自殺希少地域」を行く』森川すいめい著(青土社)

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「今、即、助ける」「できることは助ける。できないことは相談する」数々の支援活動で注目をあびる精神科医が、生きやすさのヒントを探す旅に出る。
(Amazon.jpより・画像)



本文中、
「今、即、助ける」
「できることは助ける。できないことは相談する」
「助かるまで、助ける」
が加えられます。

この本から学べることはたくさんありますが、人を助けるという点については上の3つに尽きるかとも思われます。


3万人の大台を切ったとは言え、依然として先進国の中でずば抜けて自殺者が多い国、日本。その日本国内に、なぜか自殺者数が有意に少ない地域があるという。著者がフィールドワークした中からその地域を5カ所取り上げ、紹介した本です。
この本には『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(岡檀著 講談社 2013年)というネタ元本があるそうです(こちらは未読)。ですので、フィールドワークと言うよりはそのネタ元本を著者が実際に見聞きしに行った体験記と言った方がよいかもしれません。


自殺するところまではいかなくとも、日本という国独特の閉塞感やムラ社会的な息苦しさを多少なりとも感じている人は多いと思います。人間は環境の生き物なので、取り巻いている環境が人間に与える影響は自覚するしないを問わず、とてつもなく大きいものです。「とてつもなく大きい」と考えた方がいいようだ、と自分の経験からも思うようになりました。

「ひとがとりまく環境とうまく対話ができなくなったときに、ひとは病む」。
至言だと思います。

ただ、この本で紹介されている自殺希少地域が万人に有効かと言うと、そんなことはないということにも言及されています。
紹介されている地域もユートピアではありません。
著者が、絶妙な距離感でゆるやかに人々が結ばれていると感じた地域も、人によってはわずらわしいと感じていることも紹介されています。

あちこちで言われていることですが、自殺が増えたりするとすぐ「昔は人々の絆が強かったので、こんなことはなかった」という、ネットスラング風に言えば「昔はよかった厨」がわらわらとわいて出てきます。
それを見るたび聞くたびに、今の方がいいに決まってるだろと、ハリセンでツッコみたくなります。

人間の絆(わたしはこの言葉自体は嫌いではありませんが、臆面もなく大声でこの言葉が言われるとき・言う人には警戒した方がいいと思っています)というものは双方向に働くもので、負の側面もあります。
その「しがらみ」が嫌だと思っていた人は昔から大勢いたに違いありません。特に同調圧力が強くムラ社会化しやすい場所ではそうではなかったかと思われます。
けれども昔は一人では生きていけませんでした。物理的に食えなくなったり、治安上無防備で、一人でいることは文字通り死活問題だったと思います。
それが、「物質的に豊かになりたい」と願って、戦後の焼け野原から立ち上がって必死で働いてきた高度成長期を生きる人々と、物質的に豊かになり、その利便性を享受できるようになった後続の人々が「煩わしい人間関係、いっしょにいると病みそうな人と食うために我慢して家族でいるよりは、一人で生きたい」という潜在的にあった願望を実現できるようになったことで、今があるのだろうと思います。
その願望が特殊な人の特殊なものだったとしたら、こんなにも広がらなかったでしょう。心のどこかにでもそれを願っていた人が多かったため、まんまと「そうなった」としか思えない側面もあると思います。
もちろん、心の中では一人で生きたいという願望があっても、人間関係を保険と考えてチームを組むという選択をしている人も多いと思います。人間関係は間違いなくセーフティネットとして機能することもありますから、どちらが賢明な選択かというと後者の方が生き延びる蓋然性が高いことは間違いありません。そんな打算的な思惑でなく、いっしょにいたいからチームを組む、セーフティネットは副次的なものという姿がいちばん良いことは言うまでもありません。

いずれにせよ、「こうありたい」「昨日より少しでもいい明日にしたい」という人々の希望が少しずつかなってきた結果が今なのだろうと思います。

紀元前の石板に「今どきの若い者は」という愚痴が掘られていたそうですから、SNSとかあったら昔の人も愚痴っていたにちがいなく、さぞかし今より目を覆うばかりの悲惨なあれこれが、ネット上で発信されたことでしょう。
日本の場合は同調圧力が強いがゆえに、嫌だと思っていても言えなかったという面も強かったのではないかと想像します。
「記録がない」ということは「事実としてなかった」こととイコールではありません。ないことを証明するのはいわゆる「悪魔の証明」で、困難です。
今生きている人の記憶はまちがいなく「思い出補正」されています。つらかったこと、悲しかったことは洗い流されて、うれしかったこと、楽しかったことだけが残るようになっている、脳というのはそういう都合のいい臓器なのだそうです。そうでなければ人間は生きていけないからだろうと思います。

今がもし昔に比べて人間関係が希薄に見えるとしたら、それは過去があまりにも過剰な束縛であったことの反動が来ているのではないでしょうか。振り子は反対方向に振り切れやすいものです。
人間は間違えます。調子に乗ってやりすぎることもあります。その極端さを是正する方法を探っていく、3歩進んで2歩戻る。それは人間が有史以来営々とやってきたことではないでしょうか。

現状を解決するためにできることは、やはりこれまで人々がやってきたことと同じこと、「昨日より少しでもいい明日にしたい」「自分が生まれたときより死ぬときの方がいい世界になっていてほしい」と願いながら一人一人が明日につなぐ、これしかないと思います。
100人、10人は救えなくても、一人を救う。他人は救えなくても、自分だけでも救う。これでも一人救えます。
その確実に救うことができた一人一人が、つなぐしかないと。

そのためのヒントがたくさんつまっている本でした。

自分ができることから始めたいと思います。






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by n_umigame | 2017-01-04 00:44 | | Trackback | Comments(0)

『みんなの道徳解体新書』パオロ・マッツァリーノ著(ちくまプリマー新書)筑摩書房

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日本人の道徳心は本当に低下しているの?小中学校での道徳教科必修化の前に、道徳のしくみをくわしく勉強してみよう!学校では教えてくれない、道徳の「なぜ?」がわかります。
(Amazon.jpおり・画像も)


今年の初笑い本はこちらをご紹介しようかと思っていたのですが、最後の3分の1が、とてもおもしろいのですが笑いはできないので、ふつうにおもしろい本ということで記事を書かせていただきます。(いや、それでええやろ)


「道徳」が必須科目になるそうですね。
なんだかいやな感じです。だいたい学校で教わってどうこうという問題ではないと思うことと、戦前戦中の修身の教科書みたいな「美談」を上から押しつけるつもりなんじゃないかという気がして、偽善臭がすでにぷんぷんします。
自分の個人的な経験からも、あのお涙頂戴というか、小ぎれいな話で本質を覆い隠し、感動を強制するような雰囲気が、子ども心に大嫌いでした。教科書と思っていましたがあれは副読本だったのですね、も、暗いし怖いし読んでてぜんぜん楽しくなかった。

本書でも触れられていますが、こういうことを良しとしたがる人は、何かあったときに「自分はやることはやった(鼻ほじ)」と言い訳するための保険が欲しいのだろうと思います。アリバイ工作ですね。見え見えですので、ちょっとはその手のミステリーでも読んで、自分たちこそ勉強し直してほしいと思います。(そこをかい)


…というような自分のもやもやを、いつものマッツァリーノ節で笑い飛ばしてくれる本でした。
もう、マッツァリーノさんのクールで的確なつっこみの数々に、正月から笑い転げましたね。ありがとうございます。
ちくまプリマー新書なので、あっという間に読めますしね。プリマー新書、装丁もかわいいし(クラフト・エヴィング商會さんです)物理的に軽いし(紙質かな?)大好きなのですが、いかんせん大人にはややコスパが悪いかもしれません。同じジュニア向けでだと岩波ジュニア新書の方が腹にたまるものが多いように感じます。


笑えるところ以外には、今回も名言多しですよ。

 よのなかで本当に必要とされるのは、ともだちを作る能力ではありません。ともだちでない人と話せる能力なんです。
(p.42)

 相手に文句をいわないのは、仲がいいのではなく、相手に気をつかっているだけです。
 気軽に文句をいいあえる間柄を、本当の仲良しというのです。
(p.68)

 まじめに見える子も問題を起こす。それは事実です。しかし、ふまじめな子はもっとたくさん問題を起こしてるのですよ。
(p.69)

ここを読んで、作家のマージョリー・キナン・ローリングスが言ったという、
「一生のうち、一度か二度は悪い男に恋したほうがいい。まじめな男のありがたみがわかるから。」
という言葉を思い出しました。(引用は『人生を振り返るとき、もっと大胆に生きていたらどんなに素敵だっただろう、なんて思いたくないでしょ?』(アルファポリス 2013年)より)


最後の方は死刑についてです。ここは笑えませんが、たいへんおもしろいです(おもしろいと言うと語弊がありますが)。
死刑についての考え方は基本的にマッツァリーノさんに賛同いたします。
マッツァリーノさんは薄っぺらなヒューマニズムでこういう立場を貫いていらっしゃるわけではないことがよくわかりますので。

ほかにも、自然現象を擬人化することには反対である、とか、「泣いた赤鬼」は自己犠牲ネタの中でも不愉快な話だとか、共感できるところがたくさんありました。
「泣いた赤鬼」の話はおかしいと言ったかたはほかにもあって、漫画家の坂田靖子さんです。何というか、透徹した目と感性を持った人は同じように分析されているのだなと思いました。


ところで、パオロ・マッツァリーノさんは、とうとう正体をカミングアウトされたのでしょうか。ネット上でちらほらお名前を見るようになってきましたが、まだ正式には公表されていないようでもありますし。
マッツァリーノさんの芸風(芸風言うな)が好きなので、今後もこんな感じで執筆を続けてくださればと思います。





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by n_umigame | 2017-01-03 23:16 | | Trackback | Comments(0)

『流砂』ヘニング・マンケル著/柳沢由実子訳(東京創元社)

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がんの告知を受けた北欧ミステリの帝王マンケルは何を思い、押し寄せる絶望といかに闘ったのか。遥かな昔に人類が生まれてから今日まで、我々は何を受け継ぎ、そして遠い未来の人々に何を残すのか。“刑事ヴァンダラー・シリーズ”の著者の最後の作品。闘病記であり、遺言でもある、魂の一冊。
(Amazon.jpより・画像も)


2015年10月に亡くなったスウェーデンの作家ヘニング・マンケルの最初で最後のエッセイ集。肺がん原発の末期がんを宣告されてから、ご自分の年齢である67篇から成る1冊です。

マンケルさんの作品は邦訳が出ているものはほぼ全作品読んでいます。(児童書もあります)
刑事ヴァランダーシリーズなどを読んでいると、なぜアフリカがスウェーデンの社会問題と絡むのかとか、最初は唐突な印象が拭えなかったのですが、このエッセイ集を読んで、マンケルさんの小説は彼の人生と切り離せないものだったのだなと実感しました。
スウェーデン語は全然わからないのですけれど、そしてもちろん翻訳がいいのでしょうけれど、マンケルさんの文章は読んでいると落ち着きます。

病気について直接触れているところはそんなに多くありませんが、これはまぎれもなくマンケルさんの闘病記です。

絵画ついて語られた項がいくつかあるのですが、その中でジェリコーの「メデューズ号の筏」の見方について、びっくりしました。マンケルさんはこの絵を見て、そこに希望を感じ取っていらっしゃったのです。
わたしはこの絵を見て希望を感じたことはありませんでした。むしろ、水平線の遠くにかすかに見える点のように描かれた船が、かえって絶望感を高めている残酷な絵だと思っていました。いかだに無造作にうち捨てられた死に行く人々や、カニバリズムがあったことを容易に想像させる人体の描き方よりも、ほとんど手の届かないところに見せつけられた船=希望の方が、何倍も残酷に感じていました。いかだの様子から、ほとんど人が絶望しかけたであろうときに見せられた決して手の届かないであろう希望は、本当の希望ではないと。希望に見せかけた欺瞞を、あるいは希望の残酷さを描いた作品だと。
けれども、この絵に希望を見たマンケルさんの文章を読んで、涙が出そうになってしまいました。

もっともっとマンケルさんの文章を読んでいたかったです。

全編すばらしいのですが、以下、刺さった部分の抜き書きです。


 がんと付き合うことは、同時にたくさんの前線で戦うことでもある。大切なのは、自分の頭の中の妄想と戦うことにあまり無駄な力を使わないことだ。体を侵略してくる敵と戦うために、全力を注がなければならないからだ。
 巨大な風車の影と戦っている暇はないのだ。
(28「影」p.142)

 三週間が経ち、やっと私が流砂から這い上がって、治療下での死に物狂いの闘いに挑み始めたとき、闘う私にとってもっとも大きな支えになったのは、当然のことだが、本だった。
(中略)だが、いままで経験したことがない不思議なことが起きた。新しい本、未読の本が読めないのだ。私がいつも大いなる関心をもって読むお気に入りの作家たちの本でも同じだ。新しい本、知らない本の中になぜか入り込めない。(中略)
 一瞬、私は怖くなった。本は私を裏切ろうとしているのか? 生涯で一番必要としているときに?
(31「抜け道、明るみへ」p153-154)

 私は常々、どんな夢でも、たとえそれが他の人に関する夢であろうと、本当は自分自身に関する夢なのだと思っていた。
(35「サラマンカへの道」p.178)

 物語を書く人間には二つのタイプがいて、いつも争っている。一方は土をかぶせて隠そうとする。そしてもう一方は掘り起こして暴こうとするのだ。
(35「サラマンカへの道」p.182)

 現代でも、馬から下りて木陰に座り、決定的な決心をする人間が必要だ。
 彼らはどこかに必ずいる。世の中がどんなにひどくなっても。
(36「馬から下りた男」p.187)
 ※英国で奴隷廃止法を制定させることに成功したトーマス・クラークソンについて。

 がんにかかってから、信仰によって慰められている人々のことをたびたび考える。私はその人たちに敬意を表しはするが、羨望は感じない。
 しかし、宗教的信念と同じくらいの確信をもって、私は将来長い氷河期のあと何千年も経ってから地球に存続する人々に関して、絶対にそうなるだろうと信じていることがある。その人間たちはきっと生きる喜びに満ちているだろうということである。
 生きる喜びなしには、人は生き延びることはできない。
(37「子どもが遊んでいるうちに」p.188)

 私はよく死んだ人々のことを考える。彼女のことも同じだ。いつも思うのだが、人はなぜ死んだ人のことを考えるのをやめてしまうのだろうか? 死んだというだけで付き合いをやめてしまうのはなぜだろう? 私がその人たちを思い出すかぎり、その人たちは私の中で生きている。
(44「土の床」p.222)

 昔読んだアフォリズムが頭に浮かんだ。いわく「人生をそんなに真面目に考えるな。どうせ生きてはそこから出られないんだから」。
(57「ドイツの高速道路での惨事」p.292)



人間であることを恥じるな。誇りを持て!
きみの中で次々に扉が開かれる。
きみは決して完成しない。それでいいのだ。
トーマス・トランストルンメルの詩集『ローマ人の弓』からの引用だそうです。このエッセイ集の冒頭で、献辞の次に掲げられているのですが、これを最後に。



ヘニング・マンケルファンもそうでない方にも、ぜひ、おすすめいたします。
もし今何か悩み事があっても、なんだかちょっと目の前が開けたような気持ちになります。

マンケルさん、ありがとうございました。
改めてご冥福をお祈りいたします。ゆっくりお休みください。







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by n_umigame | 2016-12-31 23:36 | | Trackback | Comments(0)

『批評理論入門 :『フランケンシュタイン』解剖講義』廣野由美子著(中公新書)中央公論新社

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批評理論についての書物は数多くあるが、読み方の実例をとおして、小説とは何かという問題に迫ったものは少ない。本書ではまず、「小説技法篇」で、小説はいかなるテクニックを使って書かれるのかを明示する。続いて「批評理論篇」では、有力な作品分析の方法論を平易に解説した。技法と理論の双方に通じることによって、作品理解はさらに深まるだろう。多様な問題を含んだ小説『フランケンシュタイン』に議論を絞った。
(Amazon.jpより・画像も)



メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』を例に取って、『フランケンシュタイン』とはどういった構造でどういったテクニックで書かれた小説かを分析した「小説技法篇」と、小説はどういう切り口で読むことが可能かという方法論で洗い出す「批評理論篇」の、二部構成になっています。

こうやって紹介すると無味乾燥なお勉強本のように聞こえるかも知れませんが、これがめっぽうおもしろい本で、読んでいる間わくわくどきどきしました。文学を専攻する大学生であれば、遅くとも2年生まで、できれば高校生くらいまでに読んでおきたかったと思う本でした。
でももちろん、大人になってから読んでもエキサイティングです。
(あんまりおもしろかったので、同じ著者の『嵐が丘』バージョンも買ってしまいました。『嵐が丘』はロマンス小説を読まない自分にとってのオールタイムベストのロマンス小説なのです。)

メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』は、当時流行したらしい手記(手紙)形式で書かれた小説だということもあって、最初はとっつきにくいですし、主人公のヴィクター・フランケンシュタインがひかえめに言ってもクズなので読んでてイライラしますが、少し読み進めるとぐいぐい読めておもしろいです。
ミステリー好きの方には、この手記という手法に、「信頼できない語り手」問題がすぐ頭をかすめると思いますが、この本でもその旨指摘されています。
未読の方はできれば『フランケンシュタイン』を先に読んでおくと、本書でフランケンシュタインのクズっぷりをクールにズバズバ斬っていく様に首がもげるかとおもうほど頷け、一粒で二度おいしい仕様となっています。


それにしても、メアリ・シェリーには何をどうすればこんなカスの主人公を創造できるのか、聞いてみたかったですね。狙ってできあがるキャラクターじゃないと思うんですよ。
メアリ・シェリー自身の人生も当時としては波瀾万丈のもので、16歳のときに妻子ある男性と恋に落ちてかけおちして、次々と妊娠しては子どもを亡くすという体験をしているそうで、この悲しくも暗い経験が『フランケンシュタイン』という作品にも深い影を落としていることは間違いないでしょう。
『フランケンシュタイン』は次々と悲惨な死に方で人が死んでいく物語で、希望も何も残らない、すがすがしいほどの悲劇的なお話です。
ヘミングウェイの『日はまた昇る』と、”読み終わったときに呆然とするほどすがすがしい悲劇度”で自分の中ではツートップです。


ベネディクト・カンバーバッチとジョニー・リー・ミラーが、ダブルキャストでヴィクター・フランケンシュタインと怪物を演じた、ナショナル・シアター・ライヴの『フランケンシュタイン』を、どちらも見たのですが、この舞台を見る前にこの本を読んでおければよかったです。
NTLの舞台の方は人気売れっ子俳優さんのダブルキャストということもあってか、ヴィクター・フランケンシュタインのクズっぷりがあまり目立たない演出になっていました。
どちらかというとフランケンシュタインと怪物の、同じ手の裏と表のような関係性にフォーカスされた舞台だったと思います。




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by n_umigame | 2016-12-31 23:33 | | Trackback | Comments(0)

2016年 本のマイベスト

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(画像はAmazon.jpより)


今までやったことがなかったのですけれど、一年間で読んだ本の中から自分内ベストを選ぶというイベントに、今年は乗っかってみることにしました。

…のですが、あまりにも選別がむずかしかったため、順不同でだーっと並べてみました。

読書家の方に比べたら自分は全然数を読まないタイプなので(代わりに気に入ったら何度でも同じ本を読む)、そのあたりもご了承ください。
読書傾向は、
・雑食(気が向いたら)
・ランダム(系統立てて読まない)
です。

番号を振ってありますが、数確認のための便宜上のもので順位ではありません。
今年読んだ本であって、今年刊行された本ではないため、再読した本なども含まれています。



■ノンフィクション部門
1.『流砂』ヘニング・マンケル著/柳沢由実子訳(東京創元社)
2.『批評理論入門 :『フランケンシュタイン』解剖講義』廣野由美子著(中公新書)中央公論新社
3.『その島のひとたちは、ひとの話をきかない : 精神科医、「自殺希少地域」を行く』森川すいめい著(青土社)
4.『脳が壊れた』鈴木大介著(新潮新書)新潮社
5.『人工知能は人間を超えるか』松尾豊著(角川EPUB選書)KADOKAWA
6.『謎解き『ハムレット』: 名作のあかし』河合祥一郎著(ちくま学芸文庫)筑摩書房
7.『迷惑な進化 : 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モレアム著/矢野真千子訳(NHK出版)
8.『災害と妖怪 : 柳田国男と歩く日本の天変地異』畑中章宏著(亜紀書房)
9.『世界の辺境とハードボイルド室町時代』高野秀行, 清水克行著(集英社インターナショナル)
10.『白鯨との闘い』ナサニエル・フィルブリック著/相原真理子訳(集英社文庫)集英社

***

とりあえず10冊選んでみました。

***


■フィクション部門
1.『ささやく真実』ヘレン・マクロイ著/駒月雅子訳(創元推理文庫)東京創元社
2.『ミルク殺人と憂鬱な夏 : 中年警部クルフティンガー』フォルカー・クルプフル, ミハイル・コブル著/ 岡本朋子訳(ハヤカワミステリ文庫)早川書房
3.『貴婦人として死す』カーター・ディクスン著/高沢治訳(創元推理文庫)東京創元社
4.『幼年期の終わり』アーサー・C・クラーク著/福島正実訳(ハヤカワ文庫SF)早川書房
5.『中継ステーション[新訳版] 』クリフォード・シマック著/山田順子訳(ハヤカワ文庫SF)早川書房
6.『ムーミンパパ海へいく』[新装版]トーベ・ヤンソン著/小野寺百合子訳(講談社文庫)講談社
7.『狙った獣』マーガレット・ミラー著/雨沢泰訳(創元推理文庫)東京創元社
8.『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア著/小田島雄志訳(白水Uブックス)白水社

***

体力がなくなると虚構の世界に出入りできなくなるということが、改めてよくわかった一年でした。
ヘニング・マンケルさんが、『流砂』の中で、本は自分の人生をあれほど支えてくれものなのに、病気になってから初めて読む本が読めなくなったと書いてらして、心から共感しました。
自分の精神状態が荒んでくると、書店に行っても本に呼ばれない/本と目が合わないということもあります。または、自分には必要のない本に手を出して後悔するというパターン。
ネット書店では「自分が欲しいと思っている本」しか買えないので、リアル書店に行けないと自分でもいろいろまずいなと思います。
予期せぬ出会いがないものは世界を狭めます。


ですがマンガは、体力が落ちても別腹で読めるんですよね。どういうことだ。


***

■コミックス部門
1.『薔薇王の葬列』1~(続刊中) 菅野文著(プリンセスコミックス)秋田書店
2.『坂田靖子: ふしぎの国のマンガ描き』坂田靖子著(河出書房新社)
3.『はたらく細胞』1~(続刊中)清水茜著(少年シリウスコミックス)講談社
4.『元気になるシカ : アラフォーひとり暮らし、告知されました』藤川るり著(KADOKAWA)
5.『恋するシロクマ』1~(続刊中)ころも著(コミックジーン)KADOKAWA/メディアファクトリー
6.『決してマネしないでください。』(全3巻)蛇蔵著(モーニングKC)講談社
7.『マリー・アントワネット』惣領冬実著(モーニングKCデラックス)講談社
8.『レディ&オールドマン』1~(続刊中)オノ・ナツメ著(ヤングジャンプコミックスウルトラ)集英社


***

マンガは年末に『はたらく細胞』の最新刊4巻を読んで1巻から読み直したら、どハマりしなおして、最初Kindleで買っていたのを全部紙の本で買い直しました。しかも特典つきを。しかも赤血球ちゃんと白血球さんおそろで欲しかったので3巻も4巻も。キーホルダーかわいい……///// こんなん初めて買いました。使わないけどこれお守りにしよう…。そのいきおいで月刊誌で最新話も読んだ話もあとで聞いてやってください。アナログで描いてらっしゃる方の作品はやっぱり紙の本の方が格段に読みやすいし、魅力も伝わってきやすいと思います。

***


思うところあって、今年、ダンボールで9箱分の本を処分したのですが、もう本当に断腸の思いでしたのに、結局どんどん買ったらいっしょやんけと、この記事書きながら自分につっこみました。来年もやると思いますので、よろしくお願いいたします。
もう手元に置いておくことよりも、「読みたかったら読みたいときに読む」ということに重点を置こうと。本自体はあの世に持っていけないけど、読んだ知識やもらった感動は自分の血肉になるから持って行ける。と信じたい。(てか持っていかんでもええやろ、もう。)


来年もおもしろい本にたくさん出会えますように。
いや、おもしろい本は毎年確実にてんこ盛り出ているのですが、それを読むのが追いついていていないので、来年ももっとおもしろい本を読む時間と体力と精神状態でいられますように。



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by n_umigame | 2016-12-30 23:08 | | Trackback | Comments(0)

『syunkon日記 スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』山本ゆり著(扶桑社)

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「ティーバッグって1回で捨てますか?」「今日カレーでいいよが腑に落ちない」「舌を噛んだときの孤独について」…etc.あなたが心の隅っこにそっとしまいこんでいた感情を刺激する珠玉のエッセイ集!
(Amazon.jpより・画像も)


当ブログで今年の初笑い本としてオススメさせていただきました『syunkonカフェ雑記 クリームシチュウはごはんに合うか否かなど』に引き続き、山本ゆりさんのエッセイ本、第2弾です。


今回は、読者であるこちらが、ゆりさんの笑いになれてきたということもあって、前回ほど笑いすぎて涙出たということはありませんでした。

ネタとしても特に後半が重め。

その重いネタを何とか笑う方向へ持っていこうとされてはいるものの、ゆりさんの子ども時代にされてきたご苦労などは、やはり他人が単純に笑えるようなことではありませんしね。(むしろこれをゲラゲラ笑ってしまう人がいたら、こわい)
お勤めだった頃のお話も、このお勤め先は客観的にはいわゆるブラック企業にしか見えませんでした。これを体育会系のノリでごまかせるようなものではないということが、昨今いろいろと問題が顕在化してきていることもあって、これで笑ってくださいというのはちょっと厳しいかと思います。
ゆりさんご自身も数年で辞められているようですし。
続けられませんよね、こんな会社でこんな仕事の日々では。20代前半の、体力があってまだ世間知らずだからこそできる仕事、勤められる会社というのが、あると思います。

ブログや著書から垣間見えるゆりさんは、謙虚で優しいお人柄で、そこが好きなのですが、何でもかんでも他者に責任を問わずに流すということが良いことだとは限りません。
やはり改善していかなければいかないことが世の中にはたくさんあり、それを「誰も悪くない」と言っていては、何も変わっていかないのです。自分も含めて誰かに責任があります。責任を負うべき人間が逃げるのに手を貸すことになっているかもしれません。
一人一人が自分の責任でも変えられる範囲で何か行動すること、サービス残業が異常なほど続くのであればこれはおかしいと言ったり、それを放置している人が必ずいるので、彼ら彼女らの業務上の責任とは何かということを合理的に考えて明らかにしていくのは、決して我が儘などではありません。
ゆりさんはいい子ぶろうと思ってそういう言い方をしているわけではなく、本当にそう思っていそうなところに、危うさを感じます。自分さえ我慢すればいいという考え方は、ときとして非常に危険です。


てなことをつらつら考えてしまうような回でした。

特に著者のファンではない方はまずブログから目を通されるか、単純に笑いたい場合は、1冊目だけ読まれることをオススメします。
1冊目も少しまじめな話題もありますが、それでもう少し踏み込んだ内容を読みたい方には2冊目もオススメします。





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by n_umigame | 2016-12-18 23:43 | | Trackback | Comments(0)

戯曲版『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティ著/福田逸訳(新水社)

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不思議な手紙で孤島の別荘に招かれた十人が、マザーグースの童謡にのせて、一人また一人殺されていく……そして……。クリスティの傑作推理小説の戯曲版。小説とはひと味違う粋な結末とは? 84年刊の再刊。〈ソフトカバー〉
映画化もされたが、映画作品ともひと味ちがう戯曲ならではの粋な結末をお楽しみください。
(Amazon.jpより・画像も)


いつもお世話になっているYuseumさんがブログでご紹介してらして、そういえばそういうものもあったっけ、と、これを機会に読んでみました。
(Yuseumさんの紹介された記事はこちらからどうぞ↓

これもYuseumさんの記事を読むまで忘れていたのですが、戯曲版は『アガサ・クリスティー完全攻略』でも取り上げられています。(こちら、今Amazonを見たらすでに紙の本は品切れになっていますね。Kindle版で読めます。また、元々ウェブでの連載をまとめたものなので、興味のある方はウェブでもごらんください。)
↓こちらから遡ってください。





以下、完全にネタバレになりますので、原作未読の方、戯曲版のネタバレも知りたくない方(いるのか)(←おい)、BBC(2015年版)制作のドラマについても触れていますので、トータルでご判断の上、お読みください。

繰り返しになりますが、この小説のオチも知らないし犯人も知らない、ドラマも原作も読んだことがないという幸運な方は、ここでぜったい回れ右推奨です。







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by n_umigame | 2016-12-11 15:14 | | Trackback | Comments(0)

『ヒックとドラゴン』12(上・下):「最後の決闘」クレシッダ・コーウェル作/ 相良倫子・陶浪亜希共訳(小峰書店)

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ついに人類の命運が決まる〈運命の冬至〉の日となった。このままでは、〈失われし十の宝〉を手に入れたアルビンが新王になってしまう……。ヒックは、それを阻止して、みんなを救うことができるのか?
(Amazon.jpより・画像も)


完結。
11巻までの感想はこちらです。→







以下、ネタバレです。映画についても触れています。
特に今回の最終巻は、内容を知らずに読んだ方が単純に楽しめると思いますので、未読で今から読む予定のかたはここで回れ右推奨。








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by n_umigame | 2016-11-27 23:10 | | Trackback | Comments(0)

『ラスト・ウェイ・アウト』フェデリコ・アシャット著/村岡直子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)早川書房

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テッド・マッケイは自分の頭に向けて拳銃をかまえた。妻と娘が旅行中の今日、とうとう自殺を決行するのだ。引き金に指をかけたそのとき、玄関の扉が激しく叩かれた。リンチと名乗った突然の来訪者は、ある「組織」からテッドへ依頼を伝えに来たと語りはじめる。その内容はあまりにも常軌を逸したものだった…。迷宮のごとき物語の果てには何があるのか。異様なるイメージと予測不能の展開が連続する、南米発の“奇書”
(Amazon.jp・画像も)


何を話してもネタバレになってしまう種類の本ですので、未読の方は回れ右でお願いします。








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by n_umigame | 2016-11-20 00:15 | | Trackback | Comments(0)

『狙った獣』マーガレット・ミラー著/雨沢泰訳(創元推理文庫)東京創元社

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(書影はAmazon.jpより)



莫大な遺産を継いだヘレンに、友人を名乗る謎めいた女から突然電話がかかってきた。最初は穏やかだった口調は徐々に狂気を帯び、ついには無惨な遺体となったヘレンの姿を予見したと告げる。母とも弟とも断絶した孤独なヘレンは、亡父の相談役だったコンサルタントに助けを求めるが……米国随一の心理ミステリの書き手による、古典的名作の呼び名も高いMWA最優秀長編賞受賞作。解説=宮脇孝雄/訳者あとがき=雨沢泰
(出版社HP)


『まるで天使のような』もタイトルから想像していたものとまったく違うおもしろさの作品でしたが、こちらもおもしろかったです。
「おもしろい」と言いましたが、読んでいる間、厭で厭で仕方がなく、こう、真綿で首を絞められるような何とも言えない不愉快さ、通勤途中の電車の中で走り出したくなりました。

原著は1955年に刊行されたということを頭においておく方がいい作品だと思います。
人によっては、こういう描かれ方はかなり不愉快に感じる方もいると思いますし、解説も含めて「今どきそれかい」というツッコミを入れざるを得ない部分があります。

マーガレット・ミラーの代表作などについての紹介は、こちらの記事がわかりやすいと思います。






長年邦訳が手軽に手に入らなかったと言うこともあり、マーガレット・ミラーを読むのはこれが2冊目です。


以下、ミステリーとしてのトリックも割っていますので、未読の方は回れ右推奨。






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by n_umigame | 2016-11-19 23:13 | | Trackback | Comments(0)

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