*さいはての西*

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カテゴリ:本( 358 )

『残穢』小野不由美著(新潮文庫)新潮社


この家は、どこか可怪(おか)しい。転居したばかりの部屋で、何かが畳を擦る音が聞こえ、背後には気配が……。だから、人が居着かないのか。何の変哲もないマンションで起きる怪異現象を調べるうち、ある因縁が浮かび上がる。かつて、ここでむかえた最期とは。怨みを伴う死は「穢(けが)れ」となり、感染は拡大するというのだが──山本周五郎賞受賞、戦慄の傑作ドキュメンタリー・ホラー長編!
(Amazon.jpより)



だって、夏だもの★怪談祭り(自分内)第三弾。


文庫になったので読んでみました。

ここここ怖い…。
日が暮れてから読むのがいやで、日没と戦うように読みました。

冒頭から真ん中あたりまでが特に怖かったです。謎が解き明かされるのは後半なのですが、『山怪』の感想のところでも述べましたように、前半はわけがわからない、整合性がない(ように見える)ところが怖いのですね。どんな怪奇現象も、名前がついてしまえば一応は腹に収まるものですから。


以下、ネタバレにつきもぐります。







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by n_umigame | 2015-08-07 00:47 | | Trackback | Comments(0)

『いるのいないの』京極夏彦著/町田尚子絵(怪談えほん3)岩崎書店

おばあさんの住む古い家でしばらく暮らすことになった。家の暗がりが気になって気になってしかたない。―京極夏彦と町田尚子が腹の底から「こわい」をひきずりだす。
(Amazon.jpより)


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だって、夏だもの★怪談祭り(自分内)第二弾。

こちらはご紹介です。

今から3年ほど前に刊行された、怪談と言えばこの方、東雅夫さん編集による「怪談えほん」シリーズ。そのうちの1冊ですが、シリーズ中、ぶっちぎりの怖さ。

実は持っていません。閉店間際の書店で立ち読みしていて(すみません)、あまりのことに「ひゅっ」とか声にならない声が出て、反射的に本を閉じて書棚に返し、そのまま逃げるようにおうちに帰ってしまったからです。正解だったと思います。家に置いておきたくないです、この本。書店さんには悪かったですが、いつも買ってるから笑ってこらえて?

わたくしの父方の祖父の家は、祖父の父、つまり曾祖父の代までは農家だったらしく、この絵本に出てくるような、天上の高い、平屋の日本家屋でした。台所は土間でかまどがあり、庭には小さな井戸がありました。もちろんお手洗いは家の外。わたくしが小学生の頃くらいまでまだ使っていたらしく、毎年お正月にはそのかまどでもち米を炊いて、杵と臼で親戚一同で餅つきをしていました。子どもだったせいか、その家がとても広く感じたことと、夏場でも屋内はひんやりとしていたこと、天井が見通せないほど暗くて高く感じたことを覚えています。その家に泊まるのが怖くていやでした。

そのときの記憶が甦るなんの。怖いよう…。

この絵本に登場するおばあさんは、一度も顔が描かれないのですよね。しかもだいたい見切れている。このおばあさんも何だか怖いのです。
「見えるのなら、いるだろう」というのは、ある意味本質なのかもしれません。
今市子さんの『百鬼夜行抄』で、妖魔が見える主人公が、妖魔がすぐそばにいることに気づきながら、見えていないふりをするシーンがあります。「見る」という行為が「在る」ことを証明してしまう、そういうことなのだろうかと思うのです。

絵本ならではの、ページをめくったときの仕掛けが効いている本です。決してネタバレを先に見たりせず、実物を手にゆっくりとめくりながら最後までお楽しみ下さい。
読み終わったあと目を閉じても最後のページが頭から離れなくなりますが、余韻まで味わうのが遠足です。
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by n_umigame | 2015-08-06 19:58 | | Trackback | Comments(0)

『山怪 : 山人が語る不思議な話』田中康弘著(山と渓谷社)


著者の田中康弘氏が、交流のある秋田・阿仁のマタギたちや、各地の猟師、
山で働き暮らす人びとから、実話として聞いた山の奇妙で怖ろしい体験談を多数収録。
話者が自分で経験したこととして語る物語は、リアリティがあり、
かつとらえどころのない山の裏側の世界を垣間見させてくれる。
山の怪談。現代版遠野物語。
(Amazon.jpより)



だって、夏だもの★怪談祭り(自分内)第一弾。


マタギカメラマンの著者が、山で出会った方々から集めた、山の不思議なお話。
もちろん、すべて実話で、ご遺族の方がご存命といった配慮が必要なお話以外は、話者も全て実名のようです。

事実ならではの温度の低さが、何とも言えずじわじわと怖い本でした。そこには過剰な演出も、物語としての整合性も、オチもありません。だからこそ、怖い。

内容は、「狐に化かされた」といったような、田舎に住んでいたら子どもの頃おじいさんおばあさんに聞かされたという人も少なくない、言ってみればたわいもないお話もあります。
ですが、著者のコメントにあるように、その「狐に化かされた」とご本人は言っている話自体に、合理的に説明できないものもたくさん含まれています。
「火の玉を見たんだけれど、あれは燐が燃えているだけ」「狐火が飛んでいるのを見たけど、あれは車のライトが尾根に反射していたんだよね」と、ご本人はおっしゃっている。けれども、もう土葬が廃止されて久しいため燐が残っているとは考えられない地域だったり、山が深く、どの角度からもとてもじゃないけれど車道からの光が届くはずがない、などという感じで、合理的に説明がついていません。
著者の言うように、そういう"わかったような理屈"をつけている時点で、おそらくご本人も納得していないのではないでしょうか。

人間は不可解なこと、あるいは本当は理解したくないことがあると、なんとか腹に落とそうとして現象に名前をつけたり、理屈をつけてわかったような気になったりします。安心したい一心からそうするのでしょう。
例えば、暗い山道を一人で歩いていたら、後ろから何かがついてくる気配がする。「あれは妖怪べとべとさんだ」と、現象に名前をつければ、おまじないをしているべき場所へお帰りいただくことができる。名前をつければ概念として理解できますから、怖くない。少なくとも、「何が何だかわからない」という不安な気持ちからは解放されますよね。

妖怪に名前を与えるという人間の営為そのものが、この世ならざるモノをコントロールしたい、なんとか形をつけて理解してしまいたいという気持ちの表れだったのだろうと思います。

夢枕獏さんの安倍晴明も「この世で一番短い呪とは、名だ」「呪とはな、ようするに、ものを縛ることよ」と言っていますね。西洋にも名前を知られると魔力を失う悪魔の話があるそうですし、ファンタジーでも、本当の名を知られることは命を預けることを意味するという設定が登場します(『ゲド戦記』など)。諱の風習も、"名は体"であるから敬してこれを忌む、というところから来ています。(この辺りは『名前の禁忌(タブー)習俗』豊田国夫著(講談社学術文庫)あたりが詳しくて面白いです)
民俗学的に「名」は非常に重要ですが、卑近な例でも、例えば世代に名前をつけたり(「ゆとり」とか「バブル」とか)して、自分に不可解な行動をその人がとったりすると、「あいつはゆとり世代だから」でわかったような気になったり。

けれども、動物…犬を犬、猫を猫と呼ぶのは人間の勝手であって、"彼ら"はおそらく犬とか猫といった概念自体がないでしょう。一人一人の命として"生きている"ものを、世代に名前をつけて、十把一絡げにわかったような気になることの乱暴さも、ご理解いただけると思います。マジョリティの傾向としてはあったとしても、"日本人だから○○だ"、"女だから○○だ"もそうですね。
同じように、この世ならざるモノはこの世ならざるモノなのであって、人間が"彼ら"に名前をつけようがつけまいが、そこにいるのでしょう。

中には、「来たのは誰だ」「もう一人いる」など、怪談の定石どおりとは言え、背筋がぞーっとするような話も収められています。著者が体験したテントの話なども、本当に怖い。
"怪し"に惹かれる著者のような方は、あるいはそういった不思議を引き寄せやすいのかもしれませんね。自分も怖がりのくせに怖い物好きのところがあるので、戒めたいと思います。

「妖怪だ」「狐だ」と名前をつけてわかったような気になり、それで安心しまうのではなく、得体の知れないものに対して謙虚であること、それも大事なのだろう。
そんなことを思う一冊でした。
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by n_umigame | 2015-08-06 19:50 | | Trackback | Comments(0)

『そして誰もいなくなった』[新訳版]アガサ・クリスティー著/青木久惠訳(ハヤカワ文庫


; クリスティー文庫)早川書房


その孤島に招き寄せられたのは、たがいに面識もない、職業や年齢もさまざまな十人の男女だった。だが、招待主の姿は島にはなく、やがて夕食の席上、彼らの過去の犯罪を暴き立てる謎の声が……そして無気味な童謡の歌詞通りに、彼らが一人ずつ殺されてゆく! 強烈なサスペンスに彩られた最高傑作! 新訳決定版!
(Amazon.jpより)




 ネタバレしていますので、未読の方はご注意ください。


 Kindle版にて。旧訳(清水俊二氏訳)は何度読んだか忘れるくらい読んでいます。
 BBC OneがTV映画化すると知って、また原作を読み直したくなったのですが、本が見つからず;;これを機会に新訳版も読んでみることにしました。

 旧訳が時代の雰囲気に沿うような暗さや重さを感じるものであるのに比して、新訳はさらっと読みやすい印象です。翻訳物を読み慣れていない人、ふだん読書しないけど初めてこの作品を読むという人には、新訳の方がおすすめだと思います。(個人的な好みは旧訳ですが)
 ただ、クリスティーのお孫さんによる前書きがある意味ネタバレ全開ですので、新鮮な驚きをもって読みたいという方には、このお孫さんの前書きは音速ですっ飛ばして、さっさと本文に入ることを強くおすすめいたします。

 「新訳」となっていますが、おそらく、ほとんどはこちらの「クリスティー・ジュニア・ミステリ」で刊行された文章のままではないかと思われます。ジュニア・ミステリの方の感想はこんな感じだったのですが、今手元に本がないのでぼんやりした記憶だけでものを言っています。すみません。
 ジュニア・ミステリの時に気になった、親切のつもりなんだろうけど不要と思われる注釈や、ジュニア向けの語りとしては成功しているとは言いがたい文章などは、こちらの一般向けの新訳版ではなくなっていました。

 ですが、Amazonのレビューを見ていると、ジュニア向けみたいだという感想も見受けられます。そこはやはり残ってしまったのですね。確かに、最初の方はやたら読点で区切る文章が多かったり、おそらく原文が仮定法になっている文章を「○○だったらいいのになあ」と、キャラクターを問わず一様に訳してしまっているため、可愛いのですよね(笑)。人が一人殺されるたびに消えていく人形のことも「兵隊さん」と表現されていたりして、全体的にやさしい感じになっています。それがこの緊張感あふれるサスペンスに、合わないと言えば合わないのかもしれません。

 わたくし個人的には、例えば旧訳の「インディアン島」という訳が「兵隊島」になっているとか、方言が混じっているとか、その当たりは気になりませんでした。


 久しぶりに読み直して思いましたが、それにしても、この犯人アタマおかしいですね(笑)。
 お孫さんの前書きにもあるように、そもそも、こんなうさん臭い招待に応じるなよと思うのですが、それを言ってしまうとお話が始まる前に終わってしまうわけで。

 クリスティーの小説には、いわゆるリアリズムはないのかもしれませんが、おとぎ話や昔話、説話などにある、人間の一面の「真実」があります。おとぎ話も昔話も世界中に似たような類話があるのは、そこに人間として根源的な何か(どす黒いものも輝かしいものも)があるからでしょう。クリスティーの小説はそういう意味で「おとぎ話」なのだろうと思います。

 駒のようで薄っぺらだと言われるキャラクターも、世界中どこにでもいそうな「誰か」、自分の知っている「誰か」に似ている。その「誰か」に投影されたものを引き連れて、すっと読者の懐に入り込んでくる。理性的に考えたらおかしいと思うようなことでも、それこそ「魔が差す」ように、気づくとクリスティーの掌中に入っている。だからこそ読み継がれているのだと思います。

 この『そして誰もいなくなった』は「孤島もの/吹雪の山荘もの」の典型を作り上げたと言われる作品ですが、ミステリーと言うよりホラーのような怖さが強いと、改めて思いました。エンタテインメントとしては謎解きよりサスペンス要素が強い。
 『カーテン』『無実はさいなむ』でも使われた「法的には有罪にはできないけれど、人として裁かれるべき殺人」がテーマでもあります。そしてクリスティーは非常に信賞必罰のはっきりした怖い作家です。人を殺した人は罰せられる。クリスティーという人は、本当にそこはぶれない作家なんですね。犯人を自殺に追いやっておいて、痛くもかゆくも感じず探偵を続けている、黄金期の脳天気な「名探偵」たちを思うと、なおさらそう思います。(この脳天気な名探偵の生みの親が全員男性作家であることを思うと、男性は優しいんだなあと思うことでもありました(笑)。)

 クリスティーの「怖さ」は、ここにあるのかもしれません。殺人ではなくても人として「あんなことすべきではなかった」「人を傷つけてしまった」というようなことは、人生で何度もあります。その、良心を持っている人間であれば必ずさいなまれる呵責につけこんでくるから怖い。

 犯人は、「人を殺したと言ったって、自分だけは無罪なんだから、犯人はわたしだってわかるだろう(ドヤ!」と言っているところからもわかるように、良心というものが欠落していることが伺えます。サイコパスの特徴とされるところですね。

 犯人が誰かなんてどうでもいいのです。ぜひこの怪談をお楽しみください。



↓『そして誰もいなくなった』に関して、良いまとめ記事をアップされている方がありましたので、貼っておきます。
「HUREC AFTERHOURS 人事コンサルタントの読書備忘録」
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by n_umigame | 2015-07-14 21:10 | | Trackback | Comments(0)

『弁当パフォーマーまさきちの 弁当ごよみ十二カ月』よりのまさみ著(文藝春秋)


 ビンボーな給料日前も、残業続きの日々も、二日酔いの朝も…。弁当を作り続けるコツ!「週刊文春」連載の単行本化。“幕の内”的弁当エッセイ&レシピ。
(Amazon.jpより)



 お弁当ブログ「おひとりさまの食卓」でも人気の、まさきちさんこと、よりのまさみさんのお弁当本。
 「おひとりさまの食卓」は、自分がお弁当生活に戻ったときにあれこれネットサーフィンしていて知ったブログです。エキサイトブログユーザーさんということ、ミステリーがお好きだということで、一方的に親近感を感じたりしていました(笑)。

 コンスタントにお弁当を作り続けるって大変ですよね。わたしも作っているときは打率6割くらいでした。夜飲み会だとか(帰ってからお弁当箱を洗うのがめんどう)、今日はランチ会議だとか、ランチの時間が読めない日(傷むのが怖い)など、仕事上の調整で作らない日もありましたが、まあほとんどは起きられなかったとか、そんなだめな理由でした。
 まさきちさんは毎朝5時半には起きて継続して作っている、しかも人様にブログでお見せできるくらい美しく、というだけで、もう尊敬していまいます。もちろんブログをやっていないけれど、同じように家族の分も作り続けながらフルタイムで働いている方も大勢いらっしゃいますよね。凝ったキャラ弁とかそんなものでなくても、お弁当を作り続ける、その一事をもってして、すごいです。
  
 まさきちさんの本やブログで参考にさせていただいているのは、実はレシピではありません(笑)。お弁当作りのスタンス、それから詰め方です。特にスタンス。「あ、これでいいんだ」というけっこうなゆるさが、とても励みになります。
 例えば、ご自身も「練りもの大好き」と書いてらっしゃるように(九州在住でいらっしゃるようです)ちくわの登場率は高いし、ほかにも豚しゃぶとか、通常お弁当を作るときに避けた方が良いとされる、傷みやすいものでも平気で入っています。穴子ときゅうりのロールサンドとか、時間がたっても美味しいのか疑問に思うもの(笑)や、はなはだしきは、チキンナゲットとかコンビニの唐揚げとか、おかずが既製品の横流し(笑)。加工品や化学調味料などもよく使っていらっしゃいます。そういうところが気になる方は、ちょっと合わないなと感じるかもしれません。
 けれども、たまにはいいよ、という、こういう「ゆるさ」が、さっぱりした文章とあいまって、読んでいて気が楽になるという部分でもあります。
 まさきちさんがあくまでも「弁当パフォーマー」なのであって、料理(研究)家でないのは、そういうことなんですね。

 まさきちさんはご自分の食べる分だけを作ってらっしゃるので、万が一のことがあっても被害が及ぶのは自分だけです(笑)。そういう覚悟というか、潔さも、自分の分だけ作れば良いという方には参考になるかと思います。
 やはり家族や他の人に食べてもらうためにこのレシピでお弁当にするかと問われると、わたしは怖くてできないというものもあります(笑)。まさきちさん、ごめんなさい。家族の健康という視点でお弁当本を探してらっしゃる方には、レシピはほかの料理研究家の方のものをご覧になった方がいいかもしれません。

 日々のお弁当作りに煮詰まって、食べる方は美味しいとも不味いとも言わないし自分が食べた弁当箱くらい洗えコラ、何、会社/学校に忘れてきただ今真夏だぞ許さん、テンション下がるわ、きい!という各方面に、そんなにきりきり四角四面にやらないで気楽に作っていいのよ、と言ってくれるお弁当本です。
 怨念が化けていやがらせ弁当になる前に、いや、いやがらせ弁当を笑うことすらできないほど心の余裕がなくなる前に(笑)、いかがでしょうか。
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by n_umigame | 2015-07-09 19:58 | | Trackback | Comments(0)

『こわい絵本:おとなと子どものファンタジー』(別冊太陽 日本のこころ230)平凡社

「こわい」の豊饒な真理に目覚めさせる注目の絵本を、さまざまなジャンルから約80冊選んでおくるユニークで不思議なブックガイド。(Amazon.jpより)


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 怖いお話と言えばこの方、東雅夫さんの前書きが、まず秀逸です。新しい本を読み始めるときの逸る心を抑えて(笑)、ここはまず前書きにゆっくり目を通してから本文に入られることをおすすめいたします。

 国内外の秀逸な絵本がバランス良く選ばれていると思います。特に昔話や伝承系の絵本は、話者(文章)と絵を描く方のバリエーションだけでも膨大な分量です。そんな世界中の絵本の中から80冊に絞られるのも、きっと断腸の思いでなされたのではないでしょうか。なにせ、絵本はすばらしいものがあれだけ出ているのに、この本で紹介されるのは、たった80冊ですから。
 選書と解説をされた方がお二人いらっしゃるのですが、どちらも女性なので、できれば女性と男性がいた方が良かったかもしれません。絵本になじみのある方ほど「俺の私のあれがない!」となりそうなのが難しいですね(笑)。
 ロングテールから比較的最近のものまで広く目配りされているので、図書館や学校、保育所などで、夏に怖いおはなし会をしたいのだけれど、何かいい怖い絵本はないか、といったときの、選書のレファレンスツールとしても大変お役立ちな一冊になると思われます。別冊太陽ですから、全ページカラーイラストで、目にも美しい造本になっています。


 しかし、絵本の怖さは本当に怖い。
 いい年した大人になっても、人間として、あるいは風土に息づいているものを感じながら育った生き物として、根源的な怖さを心の奥底から起動させるには、絵本という表現媒体は本当に秀逸だと思います。
 昔話・伝承系は、激動の時代を何度も経て、連綿と受け継がれてきたものなので、やはり有無を言わせぬ原初的な怖さがあります。この世に意志をもって生きているのは人間だけではないというざわざわとした存在を感じたり、目に見えぬ大きな手にぎゅっと握られているような、そんな怖さがあります。
 人間の怖さを感じさせるのは、核戦争であったり地獄絵(宗教が絡む)であったり、狂気をはらむ絵本ですね。人間の愚かさ、醜さ、脆さ、悲しさがこれでもかと描かれている怖さです。しかもそれが子どもにもわかるように本当に端的に表現されています。
 
 わたくしの子どもの頃の「怖い」の原体験は、やはりご多分に漏れず絵本でした。『ねないこだれだ』は鮮烈でしたね。家に転がっていたこの絵本を、対象年齢よりずっと大きくなってから読んでも、怖くて眠れなくなるくらいのインパクトはありました。あまりにも怖いので、松谷みよ子さんの「オバケちゃん」の本と交互に読んでました。その後、まんが日本昔ばなしに、夏の怪談のお株は取られてしまいましたが(笑)。
 松谷みよ子さんというと『死の国からのバトン』という作品もあります。『ねないこだれだ』の怖さも、オバケにつれていかれると行ったまま戻れない、つまり、死のメタファであるから怖いのだと、大人になってからは理解できます。夜更かししただけであの世送りって怖すぎるだろとずっと思っていました。でも、「死」とはそういう理不尽なものだということも、今なら理解できます。


 子どもの頃に「怖い」「悲しい」「さみしい」といったネガティブな感情を喚起する本を、親が読ませないようになってきている、とは、ここ最近よく聞く話です。これはディズニーアニメの影響などもあるのかもしれませんが、なんでもハッピーエンディングにすれば良いという安易な風潮は、やはり人間が成長していく過程で、よろしくないと思います。
 ネガティブな感情というのは感染症と同じで、ある程度免疫を持っていると悪化しないというメリットもあります。もちろん行きすぎたり、自分が弱っていると重症化したり、最悪の場合は死んでしまうというデメリットもあります。なにごとも程度問題、バランスの問題だと思うので、全否定はやはりよくない。

 これもよく言われますが、こういう本を読んであげるときに、その子が安心できる存在がそばにいてあげることが大事なのだろうと思います。
 この本の中でも、保育園で「キャー、こわい!」と笑いながらお友だちに抱きついたりして、お話を聞いている子どもたちの様子が紹介されています。お友だちにつられて、あるいは手前(笑)、笑っていても、実は本気でとても怖い思いをしている感受性の豊かな子どもが、必ずいるはずです。そのとき、安心してしがみつける人が、そばにいるのといないのとで、その子の「怖い」がその子の中で、その後成熟していくのか、未熟なままでいびつに冷えて固まるのか、全然違ってくると思います。
 かく言う自分は、読み聞かせをしてくれるような親ではありませでしたので、子どものころから本は一人で読んでいました。(本だけはあった、という状況には十分感謝していますが) おかげで自分でバランスを取るということをしなくてはいけませんでしたが(明るいオバケ本と暗いオバケ本を交互に読んだりですね(笑))、それでも子どものころに、諸々の「怖い本」と出会っておいて良かったと思っています。

 この本の中で紹介されている絵本で、自分の知らない本もけっこうあったので、できれば全部ゆっくり読んでいきたいと思います。
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by n_umigame | 2015-07-09 19:40 | | Trackback | Comments(0)

ハッケンくんが太ったと聞いて。

 
 カクテキさまが「ハッケンくん、太った?」とツイートされているのを拝見し、え、そんなイメージキャラが太るとかあるんですか可愛い見たい(*゚▽゚*)と思い、確認してみました。

 ★2012年夏のハッケンくん
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 ★今年(2015年)のハッケンくん
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 ……………(´・∀・`)。

 たしかに、ちょっと太った…というか、腹が出た?(オブラートに包みなさい。
 もしかして、ハッケンくんて、おっさん?(オブラートに。
 やだそれ大好物なんですけど(もう黙れ。

 左は集英社文庫を買うともれなくもらえる「踊るしおり」(※リンク先、音楽が流れます)だそうです。
 踊るって何だと思いましたが、シリコン製のしおりで、下部を持って振るとびよびよと揺れて、ミツバチくんのキャラが揺れる、と、こういうことのようです。
 このミツバチくん、カレルチャペック紅茶店の山田詩子さんデザインだそうで、名前はバジーちゃんらしい。初めて知ったよ!
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by n_umigame | 2015-07-08 20:51 | | Trackback | Comments(0)

『うちの器』高橋みどり著(メディアファクトリー)/『ちゃんと食べてる?』有元葉子著(ちくま書房)

『うちの器』
つたない自分のごはんでも、お気に入りのクロスを敷いて好きなうつわで食べれば、それだけで気分がいい。飯椀、お盆のセット、急須イロイロ、漆の三つ組み椀、お弁当箱など、日々を楽しく大切に過ごすためのうつわの本。

『ちゃんと食べてる?』
食べることはすなわち生きること。そうだとしたら豊かに生きるための料理とは何でしょう?料理のもとになる調味料や素材の徹底した選び方、道具から手順にいたるまで充分においしさを引き出す調理のコツ、明日のために今日もたのしく、おいしく食べて自分の力を出しきりすごす、その方法。作って、食べて、片づける―台所から生きることを考える、著者の生活哲学がぎゅっと詰まった一冊。
(いずれもAmazon.jpより)




 生活系の本2冊の感想です。

 食器が割れる、欠けまくる時期ってありませんか。

 わが家ではなぜか立て続けに愛用の食器が欠けたり割れたりしまして、ちょっと欠けてるくらいならいいやと思って使っておりました。一番長いものなんて、欠けてから2年は使っていました。

 そうしましたら、ちょっとこれはまずいということが起こりまして。

 ただの偶然だろうとは思うのですが、食器は毎日使うもの、しかも健康、ひいては命と直結する食べ物と密接に関係のあるツールです。しかも風水では、食器が割れたり欠けたりするときは自分の身代わりになってくれたのだと考えるのだそうで。ふだん風水なんて全然気にしたこともないのに、そう言われて引っかかったということは、やはり己れに考えなければいけない点があるのだろうと思い、一気に処分することにしました。

 処分するのはいいのですが、これまでも買い換えなかった理由は、自分の気に入ったもので予算と見合うものがなかったからです。

 食器を買うときに思い出すのは、有元葉子さんの「本物を見に行くこと」という言葉です。有元葉子さんのように食器に潤沢にお金を使えるわけではないのですが、「もの」はなんでも見れば見るほど目が肥えるものだということは、よく理解できます。その中で、自分の好き嫌いもわかってくるので、買ってみてから「なんかお店で見たときより今ひとつだな」ということも減ります。いいことづくしとわかっていても、窯元が身近にあるような所の住まいでもなく、著名な窯元(だいたい行きにくいところにありますよね…)行脚の旅に出るわけにもいかず。

 そういうときは本ですよ。
 便利ですね、本。しかもコストパフォーマンスがいい。数百円ないし1000円ちょっと出せば、ある人が一生かかって体得したことを教えてもらえるのですから、ありがたや。


 今回参考にさせていただいたのはスタイリストの高橋みどりさんの『うちの器』。
 有元葉子さんのスタイリングもされていたそうで、好みがあうかと思い中身も見ずに買ったのですが、ヒットでした。
 和食器が多く、シンプルで素朴で、あたたかい感じがする。こんな食器が欲しかったというラインナップのオンパレードでした。和食器は和洋中なんにでも合うので、便利なのですよね。
 ひところ白い洋食器が流行りましたが、どうしても業務用の印象を拭えない。しかも洋食器は重いものが多いです。これは食事中に食器を持ち上げることはしないマナーに依るところも大きいと思いますが、わたくしは重すぎる食器はNG。仕事で疲れているとき、体調がいまひとつのときに食器が重いと、それを出し入れしたり洗ったりする作業自体がいやになるのです。自炊を続けたい人間にとって、身の丈に合わない道具を持っていることは継続の妨げになるか、宝の持ち腐れになってしまいますので、却下です。(同じ理由でル・クルーゼやストウブといった重量級の調理器具も持ちません)
 大好きな白の粉引の食器がたくさん紹介されていて、眼福でもございました。


 それから、有元葉子さんの『ちゃんと食べてる?』が文庫化されていたので、こちらも合わせて読みました。
 有元葉子さんという方は、ほんとうに育ちがいいというのはこういう人のことを言うのだろうなと思うことがたくさんあります。今回の本は、そんな「育ちの良さ」が裏目に出てしまって、経済的に苦しい人の立場なんてわからないのだろうなというようなところがあり、そこには引っかかりました。貧しいからジャンクフードで命をつなぐしかないような人も、世界にはいるわけで。それが良いことではないと誰しもわかっていながら、なかなか理想には近づけないから社会問題化しているわけで。ジャンクフードの害悪を説くにも、ほかの例や言い方があったのではないかと思いました。
 ですが全体的にはいつもの、背中がすきっと伸びて、一本筋が通って生活されている様子は、勉強になります。「水増し食品」なども、買う方にも責任があります、と。有元さんは、料理をきちんとすることは、社会勉強にもなると何度も書いてらっしゃいます。料理をすれば毎日ゴミが出る、自分が出したゴミはどうなるのか。スーパーに行って買い物をすれば、流通のことや農産地のことを考えざるをえないなど。自分が主体となって、意識的に「良くないものは買わない」という断固たる態度は、少し見習いたいと思います。(少し、というのはやはり有元さんのようにお金持ちで、料理のためだけに贅沢できるわけではないからです(笑)。)


 せっかくなので(?)最近うちに来た子たちのご紹介。
 箸置きと小皿です。
 特にこの、ナマズにカッパくんが乗っているお箸置きは、「なんてラブリーなんだ!(*゚∀゚*)」と一目惚れでした。
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 ナマズくんの顔がトトロに似てる…それ以前に「……ジムさん?(゚∀゚)」となって買ったなんてことはないことはないよ?
 こちらは松韻堂さんで購入しました。京都の清水焼のお店です。(通販でした) カッパくんの甲羅の色は、青、赤、緑とあるようです。

 小皿と鹿の箸置きは、中川政七商店さんのもの。おそろいっぽかったので、ついつい、いっしょ買いしてしまいました。鹿せんべいと鹿がかわゆいです。

 cf:ジム・カヴィーゼルさん。トトロスマイルがまぶしい5歳児としてファンから愛されています。
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 食器は奥が深く、ハマると抜け出せないので(笑)あまり深追いしないことにしていますが、欠けた食器をそのままにしておかないで、こうやって機会があるときにちゃんと見て探すというのも大事だなと思いました。日々そういうことをきちんとされている方からしたら「何を当たり前のこと言ってるんだ。つか、欠けた食器を2年も使い続けるとか信じられない」と呆れられるでしょうが。

 小学生だったとき、当時東京住まいだった伯母がいとこたちといっしょに食事に連れていってくれました。出された青い花柄の食器の縁が少し欠けていて、伯母は食事に手をつけず、お店の人に出し直すように言っていたのを、今でもなぜか鮮明に覚えています。お店のカジュアル度にもよると思いますが、伯母のその姿勢は見習いたいと思いつつ、まだレストランで欠けた食器に当たったことがなく実践せずにすんでいます(笑)。
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by n_umigame | 2015-07-08 20:33 | | Trackback | Comments(0)

『シフト(SHIFT)』上下 ヒュー・ハウイー著/雨海弘美訳(角川文庫)KADOKAWA


2049年、滅亡前の世界。新人議員のドナルドは、上院議員サーマンから極秘プロジェクトへの参加を依頼された。ドナルドがサーマンの娘アナと設計した地下施設が完成、全国党大会が行われる中、上空で核爆弾が爆発した。一方、滅亡後の世界では、冷凍睡眠から目覚めたトロイが、サイロの責任者として「第一シフト」に入っていた。ミッションは秩序維持。必要なすべては、『秩序の書』に書かれ、伝承されていた。巨編『ウール』続編。
(Amazon.jpより)



 前作『ウール(WOOL)』の続きで、全三部作の真ん中の作品になるそうです。

 前作の感想がこんな感じだったので、実はあまり期待しないで読み始めたのですが、なにこれ、前作よりおもしろくなっているではないですか。今回も翻訳がいいですね。ちょっとセンチメンタルなのですが、それは原文がそうなのかもしれませんし。この方の文章、好きです。
 時系列が前後することと、舞台となる場所が入れ替わり立ち替わりになるので、そこが読みにくいという方もあるのかもしれませんが、手法として珍しくはないというか、特に奇をてらったようなものではありません。集中して読んでいればすぐ慣れると思います。

 物語の性格上、前作を読んでおく方がいいと思いますが、この真ん中から読み始めてもちゃんとつながるのでだいじょうぶではないでしょうか。

 以下、ネタバレにつきもぐります。








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by n_umigame | 2015-07-03 12:18 | | Trackback | Comments(0)

『ヒックとドラゴン』1~11巻 クレシッダ・コーウェル作/相良倫子・陶浪亜希共訳(小峰書店)

 少年バイキング・ヒックは、ドラゴンを観察するのが好きな男の子。そんなヒックが、運命のドラゴン、トゥースレスと出会う。二人は、バイキングの島に現れた巨大な怪物ドラゴンと戦うことに……。ヒックは、一族のみんなの命を救うことができるのか?
出版社HP第1巻より


 11巻まとめての感想で申しわけありません。
2010年にドリームワークス・アニメーションで映画化された作品の原作。映画は2014年に2作目が世界的に公開(日本除く)、2018年6月に完結編となる3作目の公開が予定されています。
 本の方は、今年(2015年)9月にイギリスで最終巻12巻が刊行予定です。

 この本の第一印象はこんな感じでした。
 ぱらぱらっとめくってみた印象は、対象年齢は小学校低学年からせいぜい中学年くらいまで。最近の子どもさんだとこれでも読めない、という子もいそうで、それで譲歩しても小学校高学年からせいぜい中学1年生くらいまで。ハリー・ポッター当たりから流行り始めた、本文のフォントのサイズや種類を変えるデザイン、ランダムに配置された挿絵ががちゃがちゃして目にうるさい。
 うーん、今はこういうのが流行ってるんだな。(笑)
 しかし、体がままならない時間ができたこともあり、Twitterでフォロワーさんからおすすめいただいたことからも後押しされて、これも出会いと、読んでみました。

 はい、食わず嫌いはいけませんね。読んでみてよかったです。
 先に映画を観てしまったので、原作と違いが気になるかなとも思いつつ読み始めましたが、それも杞憂に終わりました。世界観もメッセージも違いすぎるので全然問題ありません。

 ててーん。
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 みごとに付箋だらけ(笑)。
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 以下、ネタバレがあります。映画にも関連して触れています。








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by n_umigame | 2015-07-02 19:37 | | Trackback | Comments(0)