「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:本( 358 )

『ルイ16世』ベルナール・ヴァンサン著/神田順子訳(ガリマール新評伝シリーズ世界の傑物3)祥伝社

ギロチンの露と消えたルイ16世は、本当に愚鈍な人間といえるだろうか?マリー・アントワネットとのセックスレスの原因は、いったいどこにあったのか?国王夫妻に対するイメージの決定的な転換は、どの時点で起きたのだろうか?―民主的過ぎたがために殺された君主から見た、もう一つのフランス革命史。
(Amazon.jp)



 春のフランス革命とその時代祭り(自分内)、そのに。
 Amazonの内容紹介はちょっと下世話な興味の引き方ですが、まじめな歴史書です。シリーズ名からもわかるようにガリマール社が出版しているものを底本にしているようですので、内容についてはお墨付きかと思われます。(それを祥伝社が翻訳を出しているのに正直驚きましたです。)(←。)
 たいへんおもしろく、読み応えのある評伝でした。

 長くなりましたのでもぐりますね。







More
[PR]
by n_umigame | 2015-04-07 03:40 | | Trackback | Comments(2)

『ルイ十七世の謎と母マリー・アントワネット』デボラ・キャドベリー著/櫻井郁恵訳(近代文芸社)


 父と母を民衆に処刑され、自らも虐待の末に10歳で獄死したルイ17世。彼は身代わりの少年だったのか―。心臓のDNA鑑定が200年にわたる謎を解明。
(Amazon.jp)



 はい、そんなわけで「ベルばら」11巻を読んだのをきっかけに、久しぶりにやってまいりました春のフランス革命とその時代祭り(自分内)、そのいち。
 何点か続けて感想をアップいたします。

 サブタイトルは「革命、復讐、DNAの真実」とありますが、「復讐」のお話ではありません。


 今回の祭りでは「ベルばら」では語られなかった王家の人たちの「その後」を知りたくて、まず『マリー・アントワネットと悲運の王子』(川島ルミ子著、講談社+α文庫)を読んだのですが、メロドラマ的小説タッチで軽く、物足りず。あまぞんさんで引き続きこれをオススメされたので、こちらを読んでみました。

 内容はとてもユニークでおもしろい本でした。ただ内容が面白いだけに、造本が惜しいところが残念。これについては最後に述べますね。


 ルイ17世とは、ルイ16世とマリー・アントワネットの次男ルイ・シャルルのことです。長男であるルイ・ジョゼフが脊椎カリエスで夭折したため、幼くして皇太子となりました。
 6歳でタンプル塔に幽閉され、家族と引き離され、解放されないまま10歳になる前に亡くなりました。
 が、亡くなったのは本当にルイ・シャルルだったのか、という疑念が早くからあり、ルイ17世を名乗る者が続出。現在に至るまで彼の子孫だという人がいます。
 「はたして、亡くなったのはルイ17世本人だったのか?」この歴史上の謎をたんねんに解く作業を追ったノンフィクションが本書です。


 結論から言うと、亡くなったのはルイ17世本人だったと判明したとのこと。(謎が解明された2003年にニュースにもなったそうですが、寡聞にして存じませんでした。)
ルイ17世が亡くなったときに解剖した医師がこっそり保管していた心臓と、母方の女性の髪が現代まで残されていたので、DNA鑑定が可能だったためです。
 ですので、その後、雨後のタケノコのようにわらわらと沸いて出た”自称ルイ17世”は全員、ニセモノだったことになります。

 日本にも有名どころでは義経伝説があるように、「あの人は実は生きていた」という○○生存説が、洋の東西を問わず語り継がれることがあります。説話の類型にも貴種流離譚があるように、高貴な身分の人が艱難辛苦の末にふさわしい栄誉を得るという「お話」が人々に愛されているということもあるでしょうが、説話は別として、その発生の一番の理由は、「その人に生きていてほしい」という思いではないでしょうか。

 ルイ17世の場合は、10歳にもならない少年を虐待の末に殺してしまったことに対する、当時の人々の後ろめたさもあったのではないか。
 これは実際にひどい目に合わせた革命側の人々も、政治的に放置しておいた王族関係者も王党派も、ある意味同罪の罪悪感だったのではないかと思われます。

 当時の記録がこれだけ子細に残されていることも驚きですが、ルイ・シャルルに対して行われたことは児童虐待以外のなにものでもありません。
 王党派によるルイ・シャルルの擁立を革命政府が恐れたという背景ももちろんあったでしょうが(事実王党派はルイ17世とみなしていたそうですから)、どんな理屈を並べたところで、ルイ・シャルルに対する仕打ちは、必要でなかっただけでなく、残虐で野蛮としか思えないものです。

 読んでいて感じたのは、教養がないことの怖さ、良い意味のプライドがないことの怖さ、コンプレックスとその裏返しの嫉妬の怖さ、そして安易に流される大衆の怖さでした。
 
 当時、民衆は食うや食わずのたいへんな暮らしを強いられていました。もちろん身分制度があるので、社会的にも不公平です。同じ人間なのに、基本的人権などという概念自体ありません。
 そんなときに、贅沢な暮らしをしている王室や貴族が憎しみの対象になり、その憎悪をぶつける機会が手元に転がり込んできたときに歯止めがかからなくなってしまっても、ある意味、仕方のない部分もあるでしょう。人間、おなかが空くとろくなことはありません。「たいていのことは食えば何とかなる」という椎名誠さんの名言を思い出しますが、逆に言うと、たいていのことは食えなくなるとどうしようもないということです。
 それでもやはり、熱が冷めてみたら「いったい自分たちはがんぜない子どもに何てことをしてしまったのだろう」と、直接手を下さずともその片棒を担いだ一人として、目が覚めてしまった人も大勢いたはずです。

 コンプレックスの裏返しではないかと感じるのは、「ベルばら」にも登場するジャック・ルネ・エベールがある意味わかりやすい。彼は現在で言えば、三文大衆紙の一番下品なコラムを一紙にまとめたようなゴシップ新聞を発行するジャーナリストでした。(そんな仕事でもジャーナリストと呼んでさしつかえなければ、ですが。)結局自分も断頭台に消えましたが、ロベスピエールにすら「あのバカが」と言われるような王室ネガキャンを張っていました。実際この、特にマリー・アントワネットのネガキャンが彼女のイメージを決めてしまった側面もあったそうなので、そういう意味では革命に寄与したのでしょうが、やり方があまりにも品性下劣です。
 ゴシップや三文娯楽は何でもそうでしょうが、どんどん過激にならないと、そんなものを常習的に読んでいる”大衆”は満足しません。ジャンクフードばかり食べていると味覚が偏るようなものです。退屈な事実よりおもしろい虚構です。
 しかし、あらゆる「虚構(フィクション)」のおそろしいところは、それを生み出した人が意識していない何か、むしろ、意識は隠しておきたいと思っている何かすら、さらけ出してしまうということです。

 終わってしまった歴史上のあれこれに、安全な場所で暖衣飽食している人間が「ああすればよかった」「こうすればよかった」と言うのはたやすく、また意味のないことだということは理解しています。 
 ですが、自分もまぎれもなくその”大衆”の一人として、自分の生きている時代の問題・課題について正しく知っておくこと、知った知識を活かすこと、そのための教養と見識を磨くことの重要さを、改めて教えられたように思いました。

 あとがきにあるドストエフスキーの言葉を、孫引きになりますが、記載しておきます。
「罪のない、苦しんだ子供の涙は何によって贖えるのか。またそんなことは可能であるか」

 
 というような、興味深い内容の本なのですが、冒頭に述べたように造本が残念です。
 まず、タイトルが扇情的とまでは言わないまでも、やや安っぽく感じます。(日本ではマリー・アントワネットの名前が入る方がキャッチーだからでしょうが)
 次に、翻訳があまりにも生硬で読みにくいところがけっこうあります。版下データがもしかしてWordそのまんま?という部分があったりします。タイトルとレイアウトはまだいいとして、翻訳は快適な読書の如何を左右しますので、これだけはもう少し何とかならなかったのかと残念です。注も、脚注や章末か巻末に回すのが通例ですが、フォントが同じ大きさのまま文中にカッコくくりで続くため、論文の体裁のルールを知らない学生が書いたレポートみたいになっています。それも本の品性を落としているように思い、残念です。
 サブタイトルにある「復讐」も、これはルイ・シャルルに、父親のルイ16世が、処刑前に「けっして復讐しようなどと考えてはいけない」と諭していますので、主旨からそれるのではないかと。
[PR]
by n_umigame | 2015-04-05 00:08 | | Trackback | Comments(0)

『恐竜の飼い方教えます』[新版]ロバート・マッシュ著/新妻昭夫・山下恵子訳(平凡社)

ボディガードや子守もできるし、乗り物にも、食べ物にもなる恐竜たちとの楽しくもキケンなジュラシック・ライフのすすめ。目的にあわせ最適な恐竜を選ぼう。病気と治療、恐竜ショップの案内も。
(Amazon.jp)


出版は2009年でかなり出遅れた感ありありなのですが、

「序文、リチャード・ドーキンス。」

もうそれだけで読むしかないだろうと思った本です。
そしてドーキンスの序文にすべて魅力が集約されていると言っても過言ではないスタンスの本でした。

Dorling Kindersley(日本版は同朋舎)から刊行されていた「ビジュアル博物館」シリーズに雰囲気が似ていて、それよりもう少し文章が多い感じです。
オールカラーで、「基本的な道具一式」「初心者向けの恐竜」から始まって、恐竜図鑑にもなっているので、楽しみながら恐竜のことも学べます。
大人のためのユーモア絵本ですが、もちろん子どもが見ても楽しめるでしょう。(本気で「飼いたい」と言い出したときの返答を考えておかなくてはいけませんが。)

この本は、恐竜が現代生きているということを「事実」として大まじめに書かれています。
その一方で著者は「絶滅してるから気にするな」と大まじめに書いています。


大まじめな顔でユーモアを飛ばす、BBCのエイプリルフールネタとか大好きな方には絶賛お勧めいたします。
[PR]
by n_umigame | 2015-02-28 17:34 | | Trackback | Comments(0)

『真夜中の相棒』テリー・ホワイト著/小菅正夫訳(文春文庫)文藝春秋


アイスクリームを愛する青年ジョニーは殺し屋だ。依頼は相棒のマックが持ってくる。一人では生きられないジョニーをマックが過酷な世界から守り、ジョニーが殺しで金を稼いで、二人は都会の底で生きていた。相棒を殺された刑事が彼らを追いつめはじめるまでは。男たちの絆と破滅を美しく描いた幻の名作、30年ぶりの復活!
(カヴァー裏)



 帯に、「居場所がない。狂おしい。ひとりでは寂しすぎる。そう実感するすべての人に。」という桜庭一樹さんのオススメ文が載っていますが、個人的に、本当にそう感じている人こそ、こういう小説にそういう救いを求めない方が良いのではないかというのが、読み終わった正直な感想です。

 この書き出しでおわかりいただけたかと思いますが、以下、褒めてません。

 ファンが多い作品のようで、肯定的な感想はたくさん見かけたのですが、そうでない感想をアップしている人をあまりお見かけしませんでした。

 それがかえって不自然さや居心地の悪さを感じたので、まあそういう意見もあるんだなというご参考までにお読みいただければと思います。(もちろん、否定的な意見を聞きたくないという方はここで回れ右推奨です。)

 
 以下、ラストまでネタバレしていますので、もぐります。








More
[PR]
by n_umigame | 2014-06-03 22:30 | | Trackback | Comments(0)

DWAのアートブック、"The Art of DreamWorks Animation: Celebrating 20 Years of Art"(Harry N. Abrams)

ドリームワークス・アニメーション(以下DWA)設立20周年を記念して刊行されたアートブックです。
Amazon.jpのページはこちら

d0075857_19461358.jpg



現在取り寄せ商品となっているようです。わたくしは送料込みでも日本で買うより少しお安かったので、USアマゾンで購入しました。

設立は1994年ですが、1998年作品の『アンツ』から2014年5月現在日本未公開の2014年作品『ヒックとドラゴン2』"Mr. Peabody and Sherman""Home"まで、1作ずつ平等にフルカラーのイラストと、制作に携わった監督やプロデューサーの方たちのコメントで構成されています。
日本未公開作品のイラストを見ているだけでわくわくします。"Home"にはDWAらしからぬ(笑)見るからにふわっふわの可愛いネコキャラが登場するようで、犬派の自分でも楽しみが増しました。

DWA作品のコンセプト・アートブックは何冊か持っているのですが、単体で刊行されたアートブックにはなかったイラストも掲載されていますので、もし全作品のアートブックを持っているという方でも、お勧めいたします。
単体のアートブックに掲載されていなかったからといって残りカスみたいな(おいおい)ものを集めたわけではなく、素晴らしい作品が満載です。
DWA作品のファンはもちろん、海外アニメのファンやイラストを描く方、単純に絵を見るのが好きな方が眺めているだけでも充分楽しめる内容ではないでしょうか。

以下、(著作権の問題もありあまりご紹介できませんが)一部だけ中味のご紹介です。
Amazonのページでも一部中味をご覧いただけますよ。

たたみます。↓

More
[PR]
by n_umigame | 2014-05-04 19:50 | | Trackback | Comments(0)

「越前敏弥氏講演会&翻訳ミステリー大賞・読者賞を徹底的に語る! 座談会」レポ


2014年4月26日(土)に開催されたイベントに参加してきました。

以前からTwitterでフォローさせていただいている、翻訳ミステリー大賞シンジケート(@Honyaku_Mystery )(d.hatena.ne.jp/honyakumystery/)が発信している読書会が全国で開催されています。
翻訳ミステリーシンジケートの、(大義にはミステリーにこだわらず)翻訳ものを読む人が増えてほしいという趣旨に賛同していることもあり、読書会にも参加してみたいとずっと思っていたのですが、カレンダーどおりに休めなかった、語りたい作品が近場に来ないなどの理由でずっと参加を申し合わせておりました。(もっとも名古屋読書会のように参加概要がTwitterで発表されるや、またたくまに満席になってしまうような人気の会もあり、それも参加が難しかった遠因ではあります。)

今回、翻訳家の越前敏弥氏と関西読書会の方も参加される座談会ということで、読書会の雰囲気が伺えるといいなという希望もあり、思い切って参加してみました。

結論から先に申しますと、最初(受付前)に感じたアウェイ感は最後の最後までぬぐえず、場違いなところにお邪魔してしまったという気持ちのまま帰路につきました。

今から申し上げることは、当然ながら、一個人の感じたことです。
ですので、もしかしたらご不快に思われる方もあるかもしれません。ですが、わたくし自身も「翻訳ものを読む人が増えて欲しい」という思いは偽らざるものであり、だからこそ、もしかしたら自分と同じように感じて距離を取っている人がいるかもしれない。そんな方々に、だからと言って臆することはないよという気持ちも込めて、記事をアップいたします。


最初にイベントレポートです。イベントの詳細はこちら。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20140423/1398245662

2部構成で、第1部は「『日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編』刊行記念講演会」。
第2部は「翻訳ミステリー大賞・読者賞を徹底的に語る! 座談会」でした。


■第1部『日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編』刊行記念講演会
演題どおりの内容で、越前敏弥氏の講演会。
実際の英文を例に取って、どういったところで誤訳しやすいか、日本語に翻訳するときの表現の問題など、テクニカルなお話が多かったですが、わたくしのような素人が聞いていてもとてもおもしろかったです。
例題に出された文章は、自分はほぼ全部、まんまと誤訳しました(笑)。
精読には文法の知識を固めること、長文のリーディングには、参加者の方(英語学校の講師の方)の「ネイティブの人がやっているように左から右へ、前から順番にかたまりで読む、繰り返し読む」というアドバイスは、趣味で英文を少し読むことがあるだけという自分にもとても役に立つ、的確な指示でした。


■第2部 翻訳ミステリー大賞・読者賞を徹底的に語る! 座談会
第2部からは関西読書会のメンバー5人の方と越前敏弥氏の座談会でした。
今年の翻訳ミステリー大賞と読者賞の受賞・候補作品について、読んだ方がオススメをするという形式でした。
『冬のフロスト』と『遮断地区』しか読んでいなかったのですが、『緑衣の女』は読んでみたいなと思いました。キングはいくらオススメされてもどうしても昔から苦手で…。相性なんでしょうか、訳者の方が変われば気持ちよく読めるのでしょうか。そのあたり謎です。『三秒間の死角』は現在読書中。
どの作品の紹介も「男も女もいやなやつばっかり出てくる」とか「凄惨な事件ばかり起こる」とか、最近話題になる海外ミステリーって本当にそうなんですよね(笑)。いえ、海外作品に限らず、日本の作品もそうだと思います。
ミステリファンでも古典ミステリ以外あまり読まない方も幾人か存じ上げていますが、その方たちのお気持ちがわたくしはよくわかります。仕事や日々の暮らしに疲れているときに、お金払って不愉快な思いをしたくない。古典ミステリにもいやなやつや、昔のことゆえあからさまにならない分、陰に籠もった凄惨さというものがありますが、やはりある程度の節度がある作品が多いですから。
温故知新という点だけでなく、そういう面でも、翻訳ミステリーの入り口として、古典の新訳や、バークリイなどがどんどん刊行される現状は大歓迎であります。
閑話休題。
間に、翻訳ミステリー大賞授賞式や、古式ゆかしい民家みたいな畳のお部屋でのそれぞれの小部屋での様子などがパワーポイントで紹介されました。お座敷で楽しそうでした。


そんな雰囲気で、とても充実した楽しい時間を過ごさせていただきました。
ですがイベントが終わって一人になってみて改めてわき上がってきたのは、最初から最後までどうしても拭えなかった場違いな感じ、アウェイ感でした。
黙っているのが大人の態度ですが、前述したような理由で記事にしておきます。
いわば愚痴ですので、レポだけ読めれば良いという方はここで回れ右推奨いたします。


以下、もぐります。




More
[PR]
by n_umigame | 2014-04-27 14:47 | | Trackback | Comments(0)

『ウール(WOOL)』上・下 ヒュー・ハウイー著/雨海弘美訳(角川文庫)角川書店

地下144階建てのサイロ。カフェテリアのスクリーンに映る、荒涼とした外の世界。出られるのは、レンズを磨く「清掃」の時のみ。だが、「清掃」に出た者は、生きて戻ってくることはなかった。 (出版社HP)



※ラストシーンを含むネタバレがあります。


続いて、こちらは人類の文明終焉後の世界を描くポスト・アポカリプスものです。
原書は最初Kindleで刊行され、米Amazonで驚異的な多数の高評価を獲得したことで話題になったとか。
こちらも著者のデビュー作のようです。
イントロ部分と主人公が変わるのは、この最初の短編を受けて人気があったので長編としてリライトされたのだとか。


読みやすくて確かに面白いのです。世界観も好みなのですが、映像化向きの作品のように思います。
まだ若い作家さんのはずで、21世紀に発表された作品なのに、なぜだか古い印象が残ります。また、読み終えて、YA(ヤングアダルト)作品みたいだな、と思いました。ライトノベルではなく、あくまでYAです。


「古くさい」と感じた理由は、まずはプロット、それからこの世界観でしょう。


まず世界観です。面白いのですが既視感が拭えません。
つまり、あまりSFとしての新味が感じられないのです。
「絵」としては手塚治虫先生の『火の鳥~未来編~』を彷彿とさせます。
地上は何らかの理由で汚染されて人類が生きられない世界となっており、地下にいくつもの都市を築いて細々と生活している。それが職能別の階層/階級社会になっているところは岩岡ヒサエさんの『土星マンション』の地下バージョンといった感じです。
スーツなしで地表に出れば空気中の毒性の物質でたちまち苦しんで死んでしまうというところは、『風の谷のナウシカ』の腐海のようです。
(イメージとして漫画ばかりを連想するところが、やはりこれは映像向きの作品だと思った一因かもしれません。わたくしが寡聞にして同種のSFをあまり知らないせいもあるでしょうが)

文明の遺産が断絶しているわりには、あまり旧世界からの時間の経過を感じさせないのもちょっと無理があるのかなと感じました。
これも「ナウシカ」の方が、旧世界から遙かに何世紀も経過していることが、作品世界に触れていて実感として感じることができます。


プロットは「ええ、今どき?」と思いました。
上述したように職能別の階層社会になっているのですが、最下級に置かれた機械工たちが、仲間が事実上の死刑である「清掃刑」になったことから、こんな世界はおかしいと反乱を起こします。成功すれば歴史上「革命」と呼ばれる種類の武装蜂起です。
物語の後半以降はほぼこの「革命」を描くことと、もう一方では”実は革命のシンパ”である人物が”体制側”の秘密を暴くことに費やされます。
そしてもちろん(?)革命側が勝利します。

SFやミステリーといったジャンル小説では特に、先人の遺産(アイデアやガジェット)を踏襲することは悪いことではありません。
むしろ、これはあれだけどこう来たか!という工夫が腕の見せ所みたいなところがあって、読み手もそれを期待しているところがあります。
ですので、プロットや世界観が古くさい…「どっかで見たぞこれ」となるのは全然かまわないのですが、そこにもうひと味欲しいのです。


また、読み終えて、YA(ヤングアダルト)みたいだと感じたのは、やはり登場人物でしょう。ものによってはYAの登場人物の方が複雑で食えないキャラクターいっぱいいるよ、と思ってしまいました。

善人と悪人に分かれているのですが、善人はあまりにも皆弱く、良い意味でのしたたかさが足りない。なのでどんどん死んでいきます。
では悪人は「悪役はこうでなくっちゃ!」と思わせるような往生際の悪さがない。
このハードで閉鎖的な世界でそれまで生き延びてきたのだから、皆それなりにタフさ、人間の心理の裏の裏を読むしたたかさがあったはずなのですが、年齢設定のわりにはあまりにもナイーブにすぎるという印象を受けました。
エンタテインメントなのですから、そのあたりはもっと思い切って戯画的に描いても良かったのではないかと思いました。
ただ、それがこの作品のいいところでもあって、人間の描かれ方が甘口であるがゆえに、読んでいて口当たりが良いという面もありました。


ネット上の感想を拝見していると「ジュリエットが出てきてからがおもしろい」というご意見を多数お見かけしましたが、わたくしは最初の、市長と副保安官の熟年純愛シーンにうるうるしてしまいました(笑)。何このラブコメ! だからもうひとふんばり生き延びて、新しい世界を自分たちの目で見て欲しかったです。

ラストはディストピア世界に希望を残す終わり方となっています。


この作品も三部作となるようです。
何だかんだ申しましたが、続きが出たらきっと読むと思います(笑)。
続編ではこの体言止めの翻訳文がもう少し改善されていればなと思います。ちょっとお尻が座らない感じがして気持ちが悪いところが所々引っかかりました。




[PR]
by n_umigame | 2014-03-15 19:33 | | Trackback | Comments(0)

『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース著/上野元美訳(ハヤカワポケットミステリ)早川書房

〈アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞受賞〉 小惑星衝突が迫り社会が崩壊しつつある世界で、新人刑事は地道な捜査を開始する。近未来ミステリ ファストフード店のトイレで死体で発見された男性は、未来を悲観して自殺したのだと思われた。半年後、小惑星が地球に衝突して人類は壊滅すると予測されているのだ。しかし新人刑事パレスは、死者の衣類の中で首を吊ったベルトだけが高級品だと気づき、他殺を疑う。同僚たちに呆れられながらも彼は地道な捜査をはじめる。世界はもうすぐなくなるというのに……なぜ捜査をつづけるのか? そう自らに問いつつも粛々と職務をまっとうしようとする刑事を描くアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞受賞作! (出版社HP)



※ラストシーンを含むネタバレがあります。


人類や文明の滅亡や衰退を描く終末小説を、聖書の「黙示録(アポカリプス)」になぞらえて「アポカリプス小説」と呼ぶそうですが、この『地上最後の刑事』は半年後に小惑星が衝突するという世界、つまり終末の直前(プレ)を描くプレ・アポカリプス小説。

あと半年で地球上は壊滅的なことになることが予想されており、生きる希望を失って投げやりになったり怪しげな宗教に救いを求めたりする人が多い中、アメリカの一地方都市にあるマクドナルドで遺体が発見される。
こういうご時世だからと自殺で片付けられそうになっているところを、刑事に昇進したばかりのヘンリー・パレスは他殺を疑って捜査を開始する…。

率直なところ、ミステリ小説としてはそんなにびっくりするようなどんでん返しがあるとか、犯人が意外だとかいうことはありませんでした。
ですが警察小説のように淡々と地道に捜査を続けていく様子が心地よいこと、ヘンリーのちょっと変わった個性がなぜだか読んでいて楽しいことから、もうすぐ人類が滅亡するという陰気な世界にもかかわらず、ずっとこの世界にいたいような気持ちにさせる不思議な小説でした。

主人公のヘンリー・パレスは両親をすでに亡くしていて、それが物語の通底和音となり、物語世界のやるせなさとミステリーを盛り上げるのを静かに手伝っています。
また、ヘンリーの真摯さには偏執狂的なところがなく、淡々と、ただそうしなければならないから自分ができることをするのだ、という静かな真摯さで事件の真相に迫って行きます。

このもの悲しい世界にユーモアを交えた会話も何とも言えずマッチしていて、それが読んでいて心地よいと感じるのでしょう。


この作品は三部作の予定だそうで、最後まで読んでも解決していない問題(事件の大筋とは関係のない部分ですが)があり、ラストシーンからももしかして人類に明るい展開があるのかもしれないと思わせて終わっています。

続編の邦訳が楽しみです。




[PR]
by n_umigame | 2014-03-15 18:42 | | Trackback | Comments(0)

『エンダーのゲーム』上下〔新訳版〕オースン・スコット・カード著/田中一江訳(ハヤカワ文庫SF)早川書房


   地球は恐るべきバガーの二度にわたる侵攻をかろうじて撃退した。容赦なく人々を殺戮し、地球人の呼びかけにまったく答えようとしない昆虫型異星人バガー。その第三次攻撃に備え、優秀な艦隊指揮官を育成すべく、バトル・スクールは設立された。そこで、コンピュータ・ゲームから無重力訓練エリアでの模擬戦闘まで、あらゆる訓練で最高の成績をおさめた天才少年エンダーの成長を描いた、ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞作!
(Amazon.jp)


 ヒューゴー、ネビュラをダブルクラウンで受賞した作品ということもありタイトルだけは知っていましたが、長年品切れだった作品だったようです。映画化を機に新訳が刊行されましたので読んでみました。
 新訳版の訳者は、パーネル・ホールの“ひかえめ探偵”ことスタンリー・ヘイスティングズシリーズを手がけた田中一江さん。実は訳者さん買いした本でもあります(笑)。大好きなんです。

 『エンダーのゲーム』というタイトルで発表された作品には短編と長編があり、前者は1977年に、後者は1985年に刊行されたそうで、映画は長編の方がベースになっています。
 東西冷戦の時代に発表されたこともあり、アメリカとロシア(ソ連)が地球の覇権争いをしているさなかに異星人バガーがやってくるという設定です。「ワルシャワ条約機構」という言葉を久しぶりに見ましたよ。歴史で習いました。なつかしいです(笑)。

 人類共通の敵バガーを前にし、地球上での覇権争いは横に置いておいて、侵略者と戦うために国際艦隊(IF:Internatuinal Fleet)が設立された。IFでは将来、指揮官として有望な少年少女たちをいわば遺伝子レベルから青田買いして養成する学校を抱えている。
 ある日、IFの士官養成学校の初等学校とも言うべきバトル・スクールの責任者グラッフ大佐が、6歳のアンドリュー・ウィッギンの家にやってくる。人口増加による産児制限下の地球において、アンドリューは生まれる前からその天才を見込まれ、例外的に第3子を持つことを認められた夫婦のもとに産まれてきた子どもだった。アンドリューはバガーとの戦いを終わらせる者、エンダーと呼ばれていた…。
 というようなお話です。

 このあらすじだけ聞いているだけでは、実はわたくし、あまり食指が動きませんでした。
冷戦時代のアメリカで書かれたフィクションというと、善悪がはっきりしていて、結局良い者側(“作者が考える善”の側)が勝ちました、めでたしめでたし。という、永遠の5歳児みたいな(おいおい)単純な話で、しかも産まれる前から天才であることがわかっている少年がやっつけるという、なんだか燃えない設定だなと思っておりました。

 実際に読んでみて、あらすじだけではとても伝えきれないテーマを内包している小説だと思い直しました。


 以下、ネタバレです。
 ラストにも触れていますので、未読の方は回れ右推奨です。

 



More
[PR]
by n_umigame | 2014-01-22 21:03 | | Trackback | Comments(0)

『字幕屋に「、」はない:字幕はウラがおもしろい』太田直子著(イカロス出版)


万国の字幕派よ、団結せよ!字幕屋稼業30年、オオタ氏の嘆き節、ボヤキ節炸裂。字幕翻訳の苦労を知ると映画がもっと楽しくなる!映画ファン、字幕派におくる痛快エッセイ。
(帯より)

  字幕に「、」と「。」がナイって知ってる?!
字幕翻訳の苦労を知ると映画がもっと楽しくなる!
「句読点は使わない」などの字幕ルールや「1秒4文字」の字数制限と格闘する字幕翻訳家。 苦労して訳しても「字幕は読むのが大変」というお客さまも出てくる始末・・・。
 字幕屋稼業30年、1000本以上の映画の翻訳を手がけてきた字幕翻訳者・太田直子氏が、 翻訳の苦労や字幕制作のウラ側、日本語と字幕のカンケイなど、字幕屋の日常と本音を明かす。 映画ファン、字幕派に送る痛快エッセイ。
(Amazon.jp)


『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』がおもしろかったので、太田直子さんの本をまた読んでみました。


こちらは『通訳・翻訳ジャーナル』に連載されていたエッセイをまとめたものだそうです。雑誌連載という形態だったせいか、一つのエッセイが前作より短時間でさくっと読み切れる感じであっという間に読み終わってしまいました。
今回も映画や海外ドラマの字幕にまつわる裏話や苦労話をたくさん伺えて、とっても楽しかったです。

映画字幕(一部ドラマ字幕)についての現状については前作に詳しいので、興味がある方はぜひそちらをお読みいただければと思います。
今回の本では、テレビドラマシリーズを引き受けることのリスクについても書かれていて、興味深かったです。
例えば、時間が空いているときにあるドラマの字幕を引き受けたとします。でも、映画の字幕翻訳にも、もちろん文芸翻訳にも言えることですが、同じ単語や文章でもそれがどういう文脈(場面)で言われた言葉なのかによって翻訳は変わってきます。単発で終わるものならまだしも、何シーズンも続いているドラマだと、キャラクターの口調などを統一する必要があるので、自分一人で見られない場合は全体を統括する役目の人が必要になると。けれども基本的に個人事業である翻訳家にはそれがむずかしいのだそうです。
確かに、日本語の場合は、キャラクターの一人称が「わたし」なのか「俺」なのかはたまた「ぼく」なのか、それが変わっただけでもずいぶん印象が違ってしまいますよね。
同じ海外ドラマを何シーズンか続けて見ていると、「何だか今シーズンの字幕はどことなく違和感があるなあ」と感じるのは、そのあたりがきちんと詰められていないからかもしれません。

これがまだ英語のドラマならまだしも、ほかの言葉だと字幕に頼りっきりになってしまう身にとっては、やはりきちんと詰めていただきたいなあと思います。やはり、意味さえ取れればいいだろうというものではありませんものね。

そんなわけで今回もとても楽しかったのですが、個人的に特にうれしかったのは、自分がドリームワークスのアニメーションにどハマりした原因の一作『マダガスカル3』の字幕についての裏話が伺えたこと。
問題のシーンは、特に吹き替えでは「そんなこと言ってない」という点では誤訳と申し上げても良いかと思うのですが、話し言葉のテンポやリズムを考えて確信犯的にああいった訳にされたのだなと。
著書中では作品名は明記されていませんが、やはり考えに考えて配慮されたのだなと、改めて知ることができてよかったです。
このシーンが、原語通りに訳しても、日本でも誰もが笑って見られるような日が早く来ればいいのにと思います。

 

 


[PR]
by n_umigame | 2013-12-07 21:17 | | Trackback | Comments(0)

Welcome. 本と好きなものがたり。


by n_umigame
プロフィールを見る
画像一覧