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カテゴリ:ミステリ( 142 )

『ささやく真実』ヘレン・マクロイ著/駒月雅子訳(創元推理文庫)東京創元社

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奇抜な言動と悪趣味ないたずらで、周囲に騒動をもたらす美女クローディア。彼女が知人の研究室から持ち出した新薬には、強力な自白作用があった。クローディアはその薬を自宅のパーティーで飲みものに混ぜ、宴を悲惨な暴露大会に変容させてしまう。その報いか、深夜、彼女は何者かに殺害された……! 死体の発見者となった精神科医ウィリング博士が、意外な手がかりをもとに指摘する真犯人とは? マクロイ屈指の謎解き純度を誇る、傑作本格ミステリ。
(Amazon.jpより・画像も)


安心安定のヘレン・マクロイでした。

『小鬼の市』があまりピンと来ず、以降コンスタントに翻訳が出て、そのたびにそれなりにおいしくいただいていたのですが、やはりマクロイの翻訳が再度出始めたころの『幽霊の2/3』や『家蠅とカナリヤ』『殺す者と殺される者』辺りの傑作と比べると、クオリティが高いとは言いがたいなあというのが正直な感想でした。
ですが、今回は久しぶりに端正な謎解きをわくわくしながら楽しみました。

マクロイがよく使うような、オカルト的なところはなく、探偵役のウィリング博士が心理学者であるという設定を上手に使って犯人に迫る、非常に端正なミステリでした。
翻訳の文章ももちろんいいのでしょうが、マクロイの文章は読んでいて気持ちがいいです。
「ささやく真実」という邦題もすばらしいですよね。

ウィリング博士のシリーズではギゼラさんが好きで、ギゼラが出てくるとそれだけでうれしくなるのですが、いらいらするほど進展がなくてですね(笑)、で、時系列でうしろの方の作品だともう結婚してるんですよ。
ウィリングとギゼラさんの出会いを描いた作品もあるようなので、邦訳が待たれます。そしてなによりどのお話で結婚することになったのかも楽しみにしています。
今回の作品ではウィリングとギゼラさんとのデートに関する描写が重要な伏線になっていて、さすがだなあとうっとりしました。
ただののろけじゃないから、油断も隙もあったもんじゃありません。

東京創元社から出ているマクロイの本は、デザインも大好きです。



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by n_umigame | 2016-09-21 00:04 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『ミルク殺人と憂鬱な夏 中年警部クルフティンガー』フォルカー・クルプフル, ミハイル・コブル著/岡本朋子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)早川書房

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ふだんは平和なドイツの田舎町で、殺人事件発生。だが殺された食品開発技術者の周囲からは、動機も容疑者も浮かばない。それでもクルフティンガー警部率いる捜査陣は、懸命に捜査を進めてゆく……不器用にして恐妻家、要領は悪いが愛すべき中年警部の獅子奮迅の活躍を描き、ドイツで圧倒的な支持を受けた話題作
(出版社HP・書影はAmazon.jpより)




さらっと読めて、とても楽しかったです。
ヘレン・マクロイに続いて、久しぶりにミステリを読んで楽しいと感じました。(この感覚を大事にしたい)

カヴァーイラストがかわいらしくて(このイラスト、好きです)、タイトルからもコージーミステリーかと思われそうですが、一応きちんとした謎解き形式のミステリーでした。(“一応”て何という話はあとで)ちょっと真面目にミステリーしすぎていると感じるくらい。偏見覚悟で言うと、ドイツの人らしい生真面目さを感じました。いいなあ。

最近、ゲルマン諸語系と言いますか、鳴り物入りで日本に紹介されるドイツや北欧のミステリーというと、陰惨で気の滅入るような描写がこれでもかと続いて、それが露悪的であまりにも悪趣味にすぎるため、いいかげんげんなりして、最近は書店でもミステリーの棚にあまり近づかなくなっていました。そういうものもたまにはいいのですが、一つ何かがヒットしたらそればっかりになるというのは困りものだと思います。(ゆるゆるプリンが流行ったときの、ふつうのカスタードプリンを渇望するあの気持ちったらもう。)

そんな中でTwitterに流れてくる情報などで、あっ、これは私好きかもと手を出してみましたら正解でした。


さて、本書。
原書は2003年、今から13年も前に刊行されていたものです。すでにドイツでは大人気のシリーズで、ドラマ化もされているそうです。映像化作品もぜひ見たいと思わせる小説でした。
ドイツ語圏のミステリーを読み慣れていないせいか、最初はこの独特の雰囲気とノリになじむのに少し時間がかかりました。
でもそれに慣れてくると本当ににやにや顔が笑ってしまうし、ツッコミマシンにならざるをえないし、それをミステリーとしても大団円にまとめてくる 豪腕 手腕はすばらしいと思います(笑いながら)。いや本当に。「よくまとめたな!」って、こう、元気になると言いますか。真犯人がわかるシーンで顔笑ってましたもんね。(それもどうか)

この警察のゆるゆるな感じは、警察犬レックスがちょうかわいいドラマ『REX』を思い出しました。『REX』(はウイーンを舞台にしたドラマですが)も独特の雰囲気で、ミステリーとか警察ドラマとしてはどうなのかと思うエピソードも多く、それなのに見ていると何がおもしろいのかわからないんだけどとにかくおもしろいという、非常に頭悪そうな感想になってしまうところも似ているかもしれません。(※個人の感想です)


以下、少しネタバレですので、真っ白な状態で読みたい方は読了後にまたおいでください。


それで何が“「一応」謎解きミステリー”なのかと申しますと、本当に謎が解けるのは“一応”なのです。
別に探偵役のクルフティンガー警部や、警察の人たちの捜査や推理がすばらしいから犯人がわかるわけではないのです。(言い切った。)
そもそも推理が行き当たりばったりで、しかも推理は全部はずれます。
てゆうか推理してねえ。

それでどうやって事件を解決するんだと思われると思いますが、実際に読んでみたら、本当によくこれで解決まで持ち込んだなと、著者の 豪腕 手腕に惜しみない一人スタンディングオベーション状態でした。
クルフティンガー警部が主人公で主な探偵役ですが、私生活はダメだけど仕事は有能というタイプでもなくて、めちゃくちゃどんくさく、言ってしまうと公私ともにドジっ子です。(いいかげん太鼓は車から下ろせよと何度思ったことか)しかも部下に引かれるくらいケチ。本人は倹約家だと言い張ってますが、客観的にはケチ。(2回)
こんなどんくさくてケチな上司をもった部下に同情してしまいそうですが、部下もたいがいナチュラルボーン天然なのでバランス取れてます。
こんな警察でこの地域の治安とは。と考えてしまいますが、殺人事件がめったに起きないそうなので、結果オーライです。

中年の警察官が主人公だと家族関係が冷え切っているというのが多いですが、クルフティンガー警部は美人の奥さんともうまくいってるのかどうなのかよくわからないところだけがリアリティがあると言いますか、家族関係は概ね良好なようで、そこはほっとします。(クルフティンガー警部のお母さんは作家のエーリヒ・ケストナーのお母さんを思い出しました。)

以上、悪口しか言ってねえじゃねえかと思われるかもしれませんが、ほめてます。
だってこれでおもしろいって奇跡みたいじゃないですか。
クライマックス(?)の空港のシーンなんて、絵柄を想像して笑いが止まりませんでした。コントかよ。

内容はけっこう真面目に警察小説の形式を取った謎解きミステリーなのに、カヴァーイラストがコージーっぽくて、読者を選別してしまうかもしれないと思いましたが、登場するドイツの食べ物の描写がとても美味しそうで、うっかりコージーだと思って釣られた人もそうつかまされた気持ちにならずに済むんじゃないかと思います。そう考えたら秀逸なカヴァーですね。(ケーゼンシュペッツレというドイツ版チーズマカロニみたいなお料理があるそうで、これがとても美味しそう。)

こちらにレシピが載っています。→★「ケーゼ・シュペッツレ」



フロスト警部が好きな人は好きそうという感想を見かけました。当たらずと言えどもやっぱり少し遠いと言いますか、フロスト警部のキャラの方がよほど読んでいてしみるような人情に富み、私生活は哀愁にあふれ、おふざけはとことん悪趣味にふざけ、小説としてはいしいひさいち先生に「短篇集じゃないの」と言わしめた超絶技巧モジュラー型。あんな華麗なる職人芸では決してないです。あんなに下品でもないですし。
この根本的にゆるい雰囲気、まじめにやれと言いたいけれどどう見てもまじめにやっていることから来るおかしさ、フロスト警部のブリティッシュネスに比して、どこまでもこれがドイツなんだろうなと思う、ちょっぴり垢抜けないところも含めて、そんな楽しい小説でした。
続きが楽しみです。

シリーズのHPがありました。→
著者のお二人、お若いですね~。Twitterもされているようなので、ドイツ語OKな方は覗いてみられても楽しいんじゃないでしょうか。


ドラマの画像をちょこっとググったところ、こんな雰囲気のようです。
うわーちょう見てえええ(笑)。
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画像はこちらのサイトより。




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by n_umigame | 2016-09-20 22:31 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『ホテル1222』アンネ・ホルト著/枇谷玲子訳(創元推理文庫)東京創元社

雪嵐の中、オスロ発ベルゲン行きの列車が脱線、トンネルの壁に激突した。運転手は死亡、乗客は近くの古いホテルに避難した。ホテルには備蓄がたっぷりあり、救助を待つだけのはずだった。だがそんな中、牧師が他殺死体で発見された。吹雪は止む気配を見せず、救助が来る見込みはない。乗客のひとり、元警官の車椅子の女性が乞われて調査にあたるが、またも死体が……。ノルウェーミステリの女王がクリスティに捧げた、著者の最高傑作! 解説=若林踏
(出版社HP)


本書の裏話的な「アンネ・ホルト/枇谷玲子訳『ホテル1222』ここだけのあとがき」はこちらで読めます。
作品の舞台となったフィンセや、(縁起でもないけど)事故に遭った列車の雰囲気、作中に登場する『ネミ』というコミックスなど、画像で見ることができて、わかりやすいです。
舞台となったホテル<フィンセ1222>の紹介もあり。


ハンネ・ヴィルヘルムセンシリーズ8作目とのこと。過去7作も邦訳があったようですが、7作目の『凍える街』以外は現在入手困難な状態のようです。


単純に「吹雪の山荘」ものの新刊だ、うわーい!というただそれだけの気持ちで刊行前からけっこう楽しみにしていた1冊でしたが(だってそう思いますよ、この帯の惹句だと)、ううむ。

何がしたかったのか。

読後の感想はコレにつきます。
いろいろな色のついた風呂敷を思わせぶりに開いたのだけれど、たたまれていないと申しますか。
最後まで読むのが困難なほど退屈だというわけではないですし、今流行の「北欧ミステリ」にありがちな、凄惨なシーンてんこもりだったり、人間関係が陰惨すぎて仕事終わりに読むのはうんざりするようなことはなかったのですが。
個人的に一カ所だけ沁みた箇所もありました。


以下、ネタバレにつきもぐります。







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by n_umigame | 2015-10-20 21:34 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『ゲルマニア』ハラルト・ギルバース著/酒寄進一訳(集英社文庫)集英社

 1944年ベルリン。ユダヤ人の元敏腕刑事オッペンハイマーは突然ナチス親衛隊に連行され、女性の猟奇殺人事件の捜査を命じられる。断れば即ち死、だがもし事件を解決したとしても命の保証はない。これは賭けだ。彼は決意を胸に、捜査へ乗り出した…。連日の空襲、ナチの恐怖政治。すべてが異常なこの街で、オッペンハイマーは生き延びる道を見つけられるのか?ドイツ推理作家協会賞新人賞受賞作。
(Amazon.jpより)



 Twitterに流れて来て気になったので、読んでみました。
 「買った」というツイートは見かけるのに、感想をツイートしている人をあまりお見かけしないな…と思っていたら、納得の読後感(笑)。

 読みやすいのですが、読後、良い意味でも悪い意味でもあまり何も残らない。そんなあっさり味でした。

 以下、ネタバレです。犯人も割っています。







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by n_umigame | 2015-07-11 18:18 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『ミステリマガジン700 海外篇』杉江松恋編(ハヤカワ・ミステリ文庫)早川書房


日本1位世界2位の歴史を誇るミステリ専門誌の集大成的アンソロジー 海外の最新傑作を常に紹介し続けてきたミステリ専門誌だからこそ揃えられた豪華傑作選

【収録作品一覧】
「決定的なひとひねり」A・H・Z・カー/小笠原豊樹訳
「アリバイさがし」シャーロット・アームストロング/宇野輝雄訳
「終列車」フレドリック・ブラウン/稲葉明雄訳
「憎悪の殺人」パトリシア・ハイスミス/深町眞理子訳
「マニング氏の金のなる木」ロバート・アーサー/秋津知子訳
「二十五年目のクラス会」エドワード・D・ホック/田口俊樹訳
「拝啓、編集長様」クリスチアナ・ブランド/山本俊子訳
「すばらしき誘拐」ボアロー、ナルスジャック/日影丈吉訳
「名探偵ガリレオ」シオドア・マシスン/山本俊子訳
「子守り」ルース・レンデル/小尾芙佐訳
「リノで途中下車」ジャック・フィニイ/浅倉久志訳
「肝臓色の猫はいりませんか」ジェラルド・カーシュ/若島正訳
「十号船室の問題」ピーター・ラヴゼイ/日暮雅通訳
「ソフト・スポット」イアン・ランキン/延原泰子訳
「犬のゲーム」レジナルド・ヒル/松下祥子訳
「フルーツセラー」ジョイス・キャロル・オーツ/高山真由美訳
(出版社HP)

しばらく品切れだったかして手に入らなかったのですが、SFの方と合わせてやっとGETできましたので、読んでみました。
久しぶりにミステリらしいミステリーを読んだ!と言う充実感とともに読了いたしました。

 個人的な好みで申しますと、「マニング氏の金のなる木」「アリバイさがし」が好きです。謎解きという点で端正な作品は、いかにもこの著者らしいお行儀が良い謎解きの「二十五年目のクラス会」や「十号船室の問題」「名探偵ガリレオ」が秀作だと思いました。普通小説のような印象を受けるのは「終列車」。そして最後に収録されている「フルーツセラー」が強い余韻を残して終わります。編集の妙ですね。


 以下、読み終わった方向けの完全ネタバレですので、未読の方はここで回れ右推奨です。









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by n_umigame | 2014-06-15 18:51 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『象は忘れない』アガサ・クリスティー著/中村能三訳(クリスティー文庫)早川書房

推理作家ミセス・オリヴァが名づけ親になったシリヤの結婚のことで、彼女は先方の母親から奇妙な謎を押しつけられた。十数年前のシリヤの両親の心中事件では、男が先に女を撃ったのか、あるいはその逆だったのか?オリヴァから相談を受けたポアロは“象のように”記憶力のよい人々を訪れて、過去の真相を探る。
解説:芦辺拓
(カバー裏)


ITV版『名探偵ポワロ』ファイナル・シリーズ読み残しつぶしこみ第2弾。
事実上この作品がポワロもの最後の執筆作品だったようです。

以下、ネタバレですのでもぐります。
トリックを割っていますので、未読の方はご注意ください。



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by n_umigame | 2013-11-26 20:54 | ミステリ | Trackback | Comments(2)

『死者のあやまち』アガサ・クリスティー著/田村隆一訳(クリスティー文庫)早川書房


田舎屋敷で催し物として犯人探しゲームが行なわれることになった。ポアロの良き友で作家のオリヴァがその筋書きを考えたのだが、まもなくゲームの死体役の少女が本当に絞殺されてしまう。さらに主催者の夫人が忽然と姿を消し、事態は混迷してしまうが…名探偵ポアロが卑劣な殺人遊戯を止めるために立ち上がる。
(カヴァー裏)



ITV版『名探偵ポワロ』も、本国イギリスでは最終シリーズの放送が開始されました。
最終(第13)シリーズのドラマ化の原作は以下の通り。

『象は忘れない』 Elephants Can Remember
『ビッグ4』 The Big Four
『ヘラクレスの冒険』 The Labours of Hercules
『死者のあやまち』 Dead Man's Folly
『カーテン』 Curtain: Poirot’s Last Case

このうち、『象は忘れない』、『ヘラクレスの冒険』、『死者のあやまち』の3作品を未読で残していたので、日本で最終シリーズが放送される前に読もうと、やっと腰を上げた次第です。
『カーテン』を除く4作品は、実のところなぜ最終シリーズまでドラマ化されなかったのかわからないのですが、とりあえず『死者のあやまち』は、もしかしてこれが理由なのかも、というところがありました。(『ビッグ4』はわたくしの中ではコメディ認定です。ドラマ化するときどーすんだろ、とちょっと心配している作品でもあります。)


さて、『死者のあやまち』ですが、原題は"Dead Man's Folly"。
原題はダブルミーニングになっていることがわかりますが、ネタバレになりますのでタイトルについては後ほど述べます。
とあるお屋敷のパーティに招待客として招かれたオリヴァ夫人が、何だか違和感を感じて友人のポアロに電話して、来てもらう…というイントロが、少し『ハロウィーン・パーティ』に似ていますね。また最初に殺される少女が○○で…というところも似ています。
わたくしはゾーイ・ワナメイカー扮するオリヴァ夫人が大好きで、このドラマの功績もあいまって、原作に戻るときも、オリヴァ夫人とポアロの会話を読んでいるだけでとても楽しいです。
平均点の高いクリスティーの作品の中では、どうしてもやや地味で優等生的な印象ですが、ミステリー読みはじめたばかりという読者には充分に楽しめる作品かと思います。



以下、ネタバレにつきもぐります。
犯人にも触れています。

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by n_umigame | 2013-11-05 21:09 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『笑う警官』マイ・シューヴァル, ペール・ヴァールー著/柳沢由実子訳(角川文庫)角川書店


市バスで起きた大量殺人事件。被害者の中には殺人課の刑事が。若き刑事はなぜバスに乗っていたのか? 唯一の生き証人は死亡、刑事マルティン・ベックらによる、被害者を巡る地道な聞き込み捜査が始まる――。
(出版社HP)


タイトルに「刑事マルティン・ベック」とついています。


マルティン・ベックシリーズの中で唯一新装版で刊行されていた『笑う警官』が、へニング・マンケルのヴァランダーシリーズの翻訳でもお馴染みの柳沢由実子さんによる新訳で刊行されました。
また新装版が出たのかと思ってスルーしかけていたのですが、今回は作品が書かれた原語のスウェーデン語からの「新訳」とわかって読み直しました。

旧訳(高見浩氏訳)はスウェーデン語からではなく、英語からの重訳でした。
それも英語版のテキストが必ずしも同一訳者によるものではなく、いずれもパンセオン・ブックス版ではあったものの『笑う警官』はアラン・ブレア訳、『密室』はポール・ブリテン・オースティン訳、『消えた消防車』はジョーン・テイト訳、とまちまちです。
しかも、どういうわけか、文章や甚だしきは章ごとばっさりカットされている部分があったりしたそうで、英訳版はあまりよいテキストとは言えないものだったようです。(旧訳のあとがきにも触れられていますが、どうしてこんなことをしちゃったのでしょうか…謎ですね。英語圏の読者はあまり翻訳に細かいことを言わないのでしょうか。)

そんなわけで、旧訳で読んだという方にもぜひ新訳での再読をオススメいたします。

もちろん物語の大筋が変わるということはありませんが、例えば今回の『笑う警官』では、この印象的なタイトルの元になっている歌詞が、新訳ではあるのに、旧訳にはありません。
ラスト一行でマルティン・ベックに対して同僚のレンナート・コルベリが、この歌の歌詞を受けて言うしゃれたセリフも旧訳ではカットされています。
また、登場人物の名前もスウェーデン語の発音に近づけられたのか、上述のコルベリの名前(クリスチャン・ネーム)は、旧訳では「レンナルト」となっていましたが、今回は「レンナート」となっています。同様に「メランデル」も「メランダー」に変更されています。

名前のカナ表記以外にも、印象が変わっているキャラクターもありました。
このシリーズはマルティン・ベックが中心人物ですが、基本的に群像劇ですので、大勢の警察官が登場します。この個性豊かなキャラクターの中で、わたくしのお気に入りはグンヴァルド・ラーソンとエイナール・ルンです。
このルンの話し方が、旧訳ではラーソンに対して丁寧語で話しているのですが、新訳では対等に話しています。旧訳の一人称が「ぼく」だったこともあって、若いイメージだったのですが、ルンは老眼鏡がいるような年齢だったようなので、新訳の話し方のほうが似合うように思います。「そうさなあ」といったしゃべり癖なども新訳の方が特徴が出ていていいのではないかと思いました。それにラーソンの唯一の親友でもあるので、対等の話し方の方がしっくりきます。

北欧のミステリーというと、ヴァランダーシリーズがそうであるように、とにかく陰鬱で事件も陰惨で読んでいて体の芯から冷えていくような作品かと思いがちですが、このマルティン・ベックシリーズは、起きる事件は陰惨なものの、ところどころクスリと笑えるようなユーモアが挟まれていて、改めて「こんなに読みやすいエンタテインメントだったかな」と思いました。
エド・マクベインの87分署シリーズと並んで警察小説の金字塔と呼ばれてきたそうですが、個人的にはマルティン・ベックシリーズの方が、警察小説としても群像劇としても好きです。87分署シリーズは主人公のスティーヴ・キャレラがどうにもいい子ちゃんすぎてあまり好きになれなかったこともあったのですが、架空の都市(ニューヨークをモデルにしているそうですが)が舞台ということもあったかと思います。
ミステリー、特に都市を舞台にしたシリーズもののミステリーは、その都市自体が重要な登場人物の役割を担っているという面もあるからだと思われます。


今から全10作品が、柳沢由実子さんの新訳で読めるのかと思うと、この先の楽しみができました。


このシリーズは映像化作品もけっこうあったようです。
スウェーデン版のヴァランダー警部ことロルフ・ラスゴードが、1990年代にドラマ化されたマルティン・ベックシリーズでラーソン役だったようで、ちょっとショックです(おいおい)。
機会があったらまた映像化された作品も見てみたいと思います。
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by n_umigame | 2013-10-28 20:29 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『冬のフロスト』上下 R.D.ウィングフィールド著/芹澤恵訳(創元推理文庫)東京創元社

寒風が肌を刺す一月、デントン署管内はさながら犯罪見本市と化していた。幼い少女が行方不明になり、売春婦が次々に殺され、ショットガン強盗に酔っ払ったフーリガンの一団、“怪盗枕カヴァー”といった傍迷惑な輩が好き勝手に暴れる始末。われらが名物親爺フロスト警部は、とことん無能で好色な部下に手を焼きつつ、マレット署長の点数稼ぎが招いた人手不足の影響で、またも休みなしの活動を強いられる……。大人気警察小説第5弾。
(出版社HP)



『フロスト気質』から早5年。本国イギリスではすでにドラマも終了し、日本でもその最終回まで放送が終了しており、おかげさまでわたくしも最後まで見届けることができました。
それでも続くよ原作(邦訳)は。
翻訳が遅れるというのは、こういう「忘れたころのお楽しみ」という側面もあって、いいですね!

5年ぶりではありますが、相変わらずのフロスト節で、相変わらずフロストは一日2、3時間くらいしか寝てないし、捜査は行き当たりばったりだし、マレットのスノッブっぷりは健在で、フロストとマレットとの攻防ももはや安定の芸の域だし、いしいひさいちさんに「短篇集なんじゃねえの?」と揶揄されたモジュラー型の構成も相変わらず。
そして、相変わらずやりきれないような事件を追うフロストの日々を、読者はいっしょに追うわけですが、ずっとこの世界にいたいと思うような、不思議な多幸感も健在でした。

これはフロストのキャラクターによるところが非常に大きいと改めて思いました。
ドラマでは本よりコードが厳しいためかマイルドになっているのですが、下ネタに偏りすぎな下品なジョークも相変わらず。なのですが、絶妙なタイミングでちょっとしたところで、フロストの優しい性格がしみわたるように描かれます。
これがなければ、とても読めたものではないかもしれません。それくらい、起きている事件はやりきれないものばかりです。

同じイギリス人の書いたエンタテインメントでも、アガサ・クリスティの世界のように、上流階級や素敵なお料理やホテルなどは出てきませんが、フロストの世界には不思議なあたたかさがあります。
それは、この世は最悪で生きづらいが、それでも人生は生きるに値するという、さりげないメッセージになっているようにも思います。
フロストのシリーズは、ある程度年を取ってから読む方がいいのかもしれません。

著者のR.D.ウィングフィールドさんが亡くなられたため、未訳の原作は残すところ後一冊、"A Killing Frost"のみとなってしまいました。
また忘れたころにプレゼントのように、ふらっと邦訳が刊行されるのをお待ちしております。
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by n_umigame | 2013-09-15 22:25 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『小鬼の市』ヘレン・マクロイ著/駒月雅子訳(創元推理文庫)東京創元社


カリブ海の島国サンタ・テレサに流れついた不敵な男性フィリップ・スタークは、アメリカの通信社の支局長ハロランの死に乗じて、まんまとその後釜にすわった。着任早々、本社の命を受けてハロランの死をめぐる不審な状況を調べ始めたスタークは、死者が残した手がかりを追いかけるうち、さらなる死体と遭遇することになる──『ひとりで歩く女』のウリサール署長とウィリング博士、マクロイが創造した二大探偵が共演する異色の快作。解説=福井健太
(出版社HP)



これまで読んだマクロイの作品が、本格ミステリの性格が強いものやオカルティックな作風のものばかりだったので、正直ちょっと面食らいました。
発表年は1943年。
なるほどなあ…という感じではあります。

以下、読み終わった方向けの完全ネタバレですので、ご注意ください。



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by n_umigame | 2013-02-04 20:29 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

Welcome. 本と好きなものがたり。


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