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明日〆切、駅ナカHOOOT! ドリンク。

あんまり飲みたいものがなかったので、たった2枚がなかなかたまらなかったのですが、気づけば明日〆切じゃん!

ってんで、急遽無理矢理買って飲んで応募することにしました。
お目当てはもちろん、「メガイコちゃん抱き枕・アメリカンサイズ」。
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かわいいなあ…鼻にしわなんかよせちゃって、このこの。

しかしくじ運が悪いこととじゃんけんが弱いことと道を聞かれる回数が多いことでは定評のあるにせみ(仮)さん、きっと当たらないでしょう……。
ふー……。

ちょっぴり落ち込んだところで、寝そべりイコちゃんをゲットしたのでした。
これ、めずらしいんですよ!(そうでもない)

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いや、イコちゃんのフィギュアがね、寝そべりイコちゃんの駅が自分の活動範囲になかったもので。

駅名ストラップも気づけばたいへんなことになっていて、早く仕事を引退してストラップ集めの旅に出たいです。(トレインボックスさんのサイトで、駅とイコちゃんのストラップのタイプが一覧で見られます)(仕事が忙しくなってきて脱走モードになっています)

ん? なんですか?

女子ならル・クルーゼだろココット・ロンドだろって? なんでそこでわけのわかんないでかい抱き枕をチョイスすんだよって?

いや、実は欲しかったのですけれどもね。
いいかげんに480円で買ったゆきひらでカレーもおでんもシチューもスジ大根も作るのってどう、と思っているのですけれどもね。
何度も検討したのですけれどもね。
やつは、重いんですよ。

おなかぺこぺこで帰ってきて、さあごはん作るぞと鍋持ったとたんに重さで失神すること間違いなし★なあの重量。
下手するとまた腰に来そうなあのヘヴィー級チャンピオン。

これはフランス人が力持ちなんですか?
それともシェフが男性が圧倒的に多いからですか?

とにかく、有元葉子さんも「自分の身の丈に合わない道具は使わなくなる」とおっしゃっていて、まったくそのとーりだと深く頷いてからは、己れの手に余るような道具は買わないことにしています。
だから本当は鉄製のフライパンが欲しいけど、ティファールで我慢しているし。(我慢とか言うな)
でも使いやすいですよ、ティファール。だからいいのこれで。
ああでもいつかやると思っていた、取っ手が取れるタイプ、事故起こしてましたね。あれは見るからにやばそうでしたよねー。

そんなこんなで、イ コ ち ゃ ん が 当 た り ま す よ ー に !!(パンパン☆)
(置き場所? 当たったら考えまーす)
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by n_umigame | 2010-02-26 22:54 | ICOCA/イコちゃん | Trackback | Comments(0)

『光の回廊』 清原なつの著(小学館文庫)小学館

今年は平城京遷都1300年記念ということで、いろいろとイベントがあるようですね。
先ほどNHKで、4月に放送される”古代史ドラマスペシャル「大仏開眼」”のCMを見ていて、思い出したマンガがあります。

それがタイトルの『光の回廊』。
今あまぞんさんを見たら、文庫になっている…!
確かわたしが読んだものはコミックス版だったはずですが。なので、この記事は文庫版の感想ではなく、「思い出感想文」です(笑)。

清原なつのさん独特の、”脱力系残酷話”だったような記憶があるのですが…ちょっと探して来ます。
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by n_umigame | 2010-02-24 22:57 | コミックス | Trackback | Comments(0)

『タイムアウト』デイヴィッド・イーリイ著/白石清美訳(河出文庫)河出書房新社

英国に憧れる大学教授が巻き込まれた驚天動地の計画とは……名作「タイムアウト」、MWA最優秀短篇賞作「ヨットクラブ」他、全15篇。異色作家イーリイが奇抜な着想と精妙な筆致で描き出す現代の寓話集。(Amazon.jp)


非常に完成度の高い、巧いお話がぎゅっとつまった短篇集です。

カテゴライズするならば、ロアルド・ダール、スタンリイ・エリン、ロバート・シェクリイ、シャーリイ・ジャクスン等々の、特定のジャンルに収まりきらない”異色作家”に入るのだろうと思います。

わたくし、個人的にはブラック・ジョーク上等、悪趣味上等で、この手の「奇妙な味」と呼ばれていたという作家群の作品をそれこそ立て続けにむさぼり読みました。そしてこれらの作家が大好きです。とてもおもしろいエンタテインメント作家たちだと思います。
なのですが、そこへ、このデイヴィッド・イーリイをくわえることに、逡巡を覚えます。

収録作の「ペルーのドリー・マディソン」を読んでいて何とはなしにジョン・アップダイクを思い出し、だからというわけではないのですが、イーリイという作家は、エンタテイナーというよりはむしろ純文学にカテゴライズした方がよいのではないかなあと。
別の言い方をすると、エンタテインメントとしては一線を越えてしまっていて、後味が悪すぎる。

いや、例えばシャーリイ・ジャクスンにしたって、「いやあああああー!!」と叫んで逃げたくなるような、不愉快で泣きそうになる作品もありますよ?
例えば「くじ」なんかは、もしかしたらこの短篇集収録の「隣人たち」とちょっと被ります。アメリカが”巨大な田舎”と揶揄される理由が頷けるような、閉じたムラ社会でのリンチ、という点で似ているようにも思われます。
ただ、「くじ」にははっきりとした(理不尽で不条理ではあるものの)悪意があるのですが、「隣人たち」は善意に基づいており、それが後味の悪さに拍車をかけています。
でもまあここまではギリセーフでした。

決定的に、ちょっと待ってと頭の中で警報が鳴ったのが「日曜の礼拝がすんでから」。
罪に対して罰が重すぎる上に、「それはないだろいくらなんでも」と。
これは自分が女性だからそう思ったのかもしれませんが、早川の「異色短篇作家」シリーズでこの警報が鳴ったことはありません。

誤解があったら申し訳ありませんなのですが、純文学の作家が多少人として壊れていてもなんだか納得できるのですが、エンタテイナーは最後の一線を越える壊れ方をしてちゃダメだという思いこみがあるようです。だって、エンターテイナーなんだから。

表題作「タイムアウト」はイギリスかぶれの老教授が悲しくも笑えるバカSFですが、この作品に代表されるように、デイヴィッド・イーリイってアメリカの作家なんだなあと、妙に納得してしまいました。
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by n_umigame | 2010-02-24 22:12 | | Trackback | Comments(0)

『本当はちがうんだ日記』 穂村弘著(集英社文庫)集英社

自意識が強すぎて身のこなしがぎくしゃくしている。初対面の人に「オーラがない」と言われてしまう。エスプレッソが苦くて飲めない。主食は菓子パン。そんな冴えない自分の「素敵レベル」を上げたいと切望し続けて、はや数十年。みんなが楽々とクリアしている現実を、自分だけが乗り越えられないのは何故なのか?世界への違和感を異様な笑いを交えて描く、めくるめく穂村ワールド。(Amazon.jp)


歌人でしょ?
歌人ですよね?
なのに、なんでこんなにエッセイおかしいの?(笑)

…と、某PR誌連載を読んで思いました。フェイントでした。

ヘタレネタというか自虐ネタというか、そういう感じなので、あまりたくさん続けて読みたいとは思いませんが、たまに読むとおもしろいと思います。

でもまあ、この、あふれんばかりの自意識過剰というか感受性の鬼というかなところは、確かに歌人だと思います。(ちょっと)

このエッセイ集に収められている作品では、「キスの重み」が好きです。
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by n_umigame | 2010-02-24 00:43 | | Trackback | Comments(0)

2冊の『世界のこわい話』のおはなし。

小学校の図書室では、人気があるのは「こわい話」「不思議な話」で、『怪談レストラン』のシリーズなどがヒットしているのを見ると、それは今も変わらないのだなあと思います。

『世界の~話』というシリーズが、わたくしの通った小学校の図書室にも揃っていましたが、「楽しい話」「ゆかいな話」はいつも借りられずに書架に残っていて、「こわい話」はいつも借りられていて大人気でした。
やっと自分の番がまわってきたと思ったらその本はもうぼろぼろでした。「楽しい話」なんて新品みたいにきれいだったのに。
みんなで「こわい、こわい」とキャーキャー言いながらも、子どもの頃はどうしてあんなに「こわいお話」に惹かれるのでしょうか。不思議ですね。

そんな「小学校の図書室」の思い出こわい本、2冊がこれで……す?

『さいごまで読めない世界のこわい話 (改訂新版)』小池 タミ子文(学習研究社)

……これじゃないけど、これだ。

絵が新装になっているのと、内容も「文章の量を極力減らし、できるだけ絵を大きくして、本を読む習慣をつけさせるための「きっかけ本」として最適のシリーズ。   小学校低学年~中学年 」って、コラー!!
まったく、ゆとり教育め、なにかんがえてんだ、プンスカ。

さて、内容は以下の通りです。(これは変わってないみたいです)

・水女
・リーゼとフリーデル
・わらうゆうれい
・死人のミサ
・こわいもの知らずのジョバンニ
・七人先のおやじさま
・青ひげ

「夜中のおとむらい」に似ているなと思っていたお話は、「死人のミサ」でした。
「こわいもの知らずのジョバンニ」
河合隼雄さんが「影」の本でも触れられていました、イタリアのおとぎ話。
こわいもの知らずのおかげで大金持ちになったジョバンニは、ある日、自分の影に驚いて死んでしまう、という、非常に深いお話です。
「七人先のおやじさま」
これも確か北欧のお話だったんじゃないかな…。こわいというか笑った方がいいのか、よくわからないお話ですが、とても印象に残っています。
改訂新版の表紙はこのお話のネタバレですよ、だめじゃん!
旅人が森の中で一夜の宿を求めるのですが、その家の主人とおぼしき男は「わたしはかまいませんが、父に許しを得てください」と言い、次の男もまた同じことを言い、次々と「お父さん送り」されるというお話です。
今思うとほら話みたいなノリです。

もう1冊は結局見つけられませんでした。
確か本の見返しに、山に猫の目みたいなこわい絵があったと思うのですが……。
もしかしたらこれが引き継がれたシリーズかな? というのがこれ。

『世界のこわい話』山主敏子編著(偕成社)

収録作は以下の通りです。

・吸血鬼の出る村
・亡霊の集会
・さまようオランダ人
・追いかける焼きぐし
・エミリーの赤い手ぶくろ
・ハメルンの笛ふき男
・墓場からきた母親
・岩がひとりで動くとき
・人魚のしかえし
・死に神の花よめ
・人食い男
・馬にされた主人
・地獄からかえったペーテル
・水の精のローレライ
・へびになった王子
・村をおそう怪物


そしてトラウマ怖い話は「エミリーの赤い手ぶくろ」。
これはアニメでも放送されたようですが、アニメの方は知りませんでした。

これは、約束を破ったエミリーが謎のおじいさんに連れて行かれるという筋ですが、その”おじいさん”が迎えに来たシーンがむちゃくちゃ怖い。
イギリスの民話らしいので、きっとマザー・グースの唄にあるような「数え歌」なのかもしれません。
「エミリー、今戸口だよ」「エミリー、今階段だ」「エミリー、一段昇ったよ」「エミリー、二段昇ったよ」……「エミリー、今はドアの前」「エミリー、ほうら、つかまえた!」・・・・・・・ヒイィィィ!!!!(゚ロ゚ノ)ノ

教訓がよくわからないお話でした。さすがイギリス。
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by n_umigame | 2010-02-22 14:33 | | Trackback | Comments(0)

『かぎのない箱 : フィンランドのたのしいお話』J.C.ボウマン, M.ビアンコ文/

瀬田貞二訳/寺島竜一絵(岩波書店)
偉大な民族叙事詩カレワラを生んだフィンランドは,昔話のふるさとです.アメリカの2人の作家の協力で作られたこの本は,すぐれた昔話集として評価されています.「ユルマと海の神」など7編(出版社HP)

今も売ってる!! さすが岩波さん息ながーい。
→http://www.iwanami.co.jp/hensyu/jidou/

『まんが日本昔ばなし』をYouTubeであれこれと見ていたら、子どもの頃読んだこわいお話も次々とフラッシュバックしてきました。
いただいたコメントで「そういえばあれもあった」「あれはなんだっけ」というのを、辛抱たまらずネットでさわさわと検索してみましたら、やっぱり、同世代の人たちと思われる「トラウマ怖・嫌ばなし」はあまり皆さん変わらないみたいです。

というわけで、日本の次は世界ですよ。

この本に収められているのは以下の7編です。

・りくでも海でもはしる船
・アンチの運命
・ユルマと海の神 
・どこでもないなんでもない 
・かぎのない箱 
・三つめのかくればしょ 
・かじやセッポのよめもらい

瀬田貞二訳、寺島竜一絵というゴールデン・コンビなのですが、寺沢竜一さんの絵は、重厚で陰鬱な北欧の物語にぴったりです。
この中で怖い話としてわたくしにインプットされたのは、もちろん「ユルマと海の神」です。

ユルマという漁師が、浜辺で海の神に海へ引きずり込まれそうになるのですが、自分の代わりに娘を差し出すという条件でその場を逃げ出します。(なんてえ親父だよ)
約束どおり、娘を箱詰めにして、海の神はえっちらおっちら自分の御殿まで海の中を背負って持って帰ります。
嫁をもらえていやっほーい!な海の神で、娘もまあこれも何かの縁だろうとあきらめたのか、それなりにおだやかに二人は暮らして、しばらく時が過ぎます。
ある日、海の神は、あの奥の部屋にだけは入ってはならんと娘に言いつけて外出しますが、もちろん、娘は入ります。そこでタールが一杯に入っている大きな樽がいくつもあるのを見つけます。(このとき「タール」という言葉を覚えましたが、タールって何なのかわかりませんでした。あとで「道路舗装してるやろ、黒いやつ。あれやで」と教えてもらいました。)
その真っ黒なタールの中に、美しい金の指輪が浮いているのを見つけた娘は手に取ろうとするのですが、指をタールでやけどしてしまいます。
やがて海の神が帰ってきました。
娘は約束を破った心やましさもあってか、いつもより優しく海の神に接します。海の神に「疲れているので膝枕をしておくれ。おまえのやさしい指で髪を梳いておくれ」と言われ、娘はそのとおりにするのですが、やけどした指が海の神に触れ、「熱い! おまえその指はどうしたのだ?」というわけで、あっさりバレ、娘はタールのいっぱい入った樽に投げ込まれて、樽詰めにされてしまいます。

またある日、海の神に同じように引きずり込まれそうになったユルマは、今度は2番目の娘を自分の代わりに差し出します。
でも2番目の娘も同じように、樽詰めにされてしまいました。

3度目の正直、3度目の魔法、今度は3番目の末娘が海の神に差し出されるのですが……。
さて、どうなったかは、お読み下さい。


青ヒゲ譚なのですが、この「海の神」というのがどこが神だと思うようなヤローでしてですね。
全身ウロコに覆われていて、爪はいつから切ってないんだというようなシャキーンな爪、髪も伸ばしっぱなしというパンクな外見で、せめて心は高潔だというならまだしも、人間のうら若き女性をとっかえひっかえ持ってこいというような、あきれはてたスケベジジイなわけですよ。
父親のユルマがそもそもどうなんだというご意見もあろうかと思われますが、これはおそらく、貧しい時代に人身売買が公然と行われていたということも、きっと背景にあるんだろうな、ということが、大人になってから思うとわかります。
そう考えると悲しいお話なのですが。
いわゆる『青髭男爵』のお話のように、兄さんたちが助けにくるわけではなく、このお話では末娘が知恵と勇気でピンチを打開します。(末娘は、姉2人がタールの樽に詰められて、真っ黒なタールから顔だけ浮いて出ているのを見てしまうのですよ。それでもこのあと、海の神と頭脳合戦です。腹の据わり方がすごいんです。)
それがよりいっそう、自分の印象に残っているのかもしれません。
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by n_umigame | 2010-02-22 13:51 | | Trackback | Comments(2)

『ロワイヤル通りの悪魔憑き ; (ニコラ警視の事件 3)』ジャン=フランソワ・パロ著/吉田恒雄訳

(ランダムハウス講談社文庫)ランダムハウス講談社

1770年、パリの街は王太子とマリー・アントワネットの成婚を祝う花火大会で大いなる賑わいを見せていた。だが、人と馬車が入り乱れるなか、悲劇が起こる。花火が暴発し、大混乱の末多くの人々が死傷したのだ。使命感に駆られた警視ニコラは惨劇のなかに身を投じる。そして、ある女性の死体に目を留めた。死体がこの惨劇によるものではないと気づいたニコラは調査を進めるが、悪魔に取り憑かれた奇妙な一家に出会い…。 (Amazon.jp)


ドラマで見なければおそらく手を出すことはなかったであろう、ランダムハウス講談社文庫のミステリー。
書店で売場に近づいただけでコージー臭漂うあの雰囲気が今まで苦手でして。
コージー・ミステリと言っても、アガサ・クリスティのミス・マープルのシリーズのようであれば全然OKなのですが、この『ロワイヤル通りの悪魔憑き』巻末広告にある作品を拝見いたしますと、キーワードは「紅茶」であり「コーヒー」であり、ニコラ警視のシリーズも「絶品フランス田舎料理にも注目!」であったり、あとは猫とかお菓子とかをちりばめて、筋だけ聞いてるとそれ新手のハーレ○イン・ロマンス? みたいな?

そんな思い(=偏見)で、ちょっと斜め上目線で読み始めたミステリファンをして「バカにしてましたごめんなさい」と心から謝らせた前2作でしたが、今回は、読みやすくなった分、ミステリとしてはちょっぴり薄味かもしれません。(それを言い出すとドラマもミステリとしてはゲフンゴボッ…失礼、ほうじ茶が気管に入りそうに)

ミステリとしては、ブラウン神父が元祖の超有名なアレ。
「賢い人はどこに樹の葉を隠すか? 森のなかだろう。だが、森がなかったらどうするかな」(@「折れた剣」)
そして中興の祖?修道士カドフェルの『死体が多すぎる』。
そして、『ロワイヤル通りの悪魔憑き』であります。(←強引)

今回はいっきに10年経過。
ニコラも30台の大台に乗りましたが、まだ自分で鏡に写った姿に見とれてやがりますよ可愛いなもう。
あの秀逸なドラマのおかげで、ニコラはジェロームさん、ブルドーはマティアス・ムレスクさん、サルティンはせんだみつおフランソワ・カロンさんでしか思い浮かびませんよ、どうしてくれよう。

「貴官の個人的推測に基づいた脱線はやめ、捜査書簡にある事実に限定するように」
「総監閣下、そうするよう努めておりますが、合理的事実と漠然とした直感、この二者をうまく掛け合わせなければ真実は暴かれないと思います。」

このパリ警察総監ド=サルティンとニコラの会話が端的にあらわしているように、理詰めで、ひとつひとつベールをめくっていくように探偵が仮説と検証を繰り返して謎を解き明かしていくタイプのミステリではなく、ニコラの直感と、誠実な捜査で一人一人の人物像を描き出し、それによって導き出される「解」という構造になっています。
読んでいて、やはりメグレ警視ものを思い出してしまいました。
メグレ警視も理詰めで事件を解決するというよりは、生身の人間のうごうごとうごめく様を繊細な眼で見、心を配り、真相はこうであった、と語られるのですが、もつれていた糸をすぱっと切るように謎が解決してカタルシスを覚えるというタイプのミステリではありません。
なので、逆に言うと、カタルシスを覚えるタイプのミステリがいかにもありえないのに比して、もしかしたらそんなことが起こり得たかもしれないというリアリティがあります。

ニコラ警視のシリーズも、歴史上の虚実を混ぜ合わせた描写になっていることも助けになって、過去こんなことがあったって不思議ではないよな、という作りになっています。
ただやはり基本はエンタテインメントですが。

今回の作品はタイトルどおり「悪魔憑き」が出てきて、エクソシストが登場します。
わたくし、エクソシストが現実に実在するとは近年まで存じませんで、あれは「おはなし」だと思っていたのですが、カトリックの式典にもエクソシストの儀式がきちんと定められていると知って驚いた覚えがあります。
これも何か合理的説明が最後にはなされるのかと思っていましたが、それはそのままで、フランスの人だなあということで納得しておくことにしました。

とは言え、外交官らしい著者の、「異文化への開かれた目」がとても小気味よいです。
ル=グウィンの作品を読んでいるときも同様の気持ちを感じましたが、ル=グウィンさんほどの気負いがなくて(笑)さらっと描かれています。

この作品では、作中、ノーブルクールやその飼い犬のシルスまで年老いて(犬の10年は長い…)、ニコラ自身がいずれ年長者の守りがなくなっていくのだという事実に、愕然とするシーンが出てきます。
また、ラストシーンでは、ナントでとある人物を見送って、いつか海へ出ていく自分を想像してからパリへ引き返したという描写が出てきます。
(今気づいたのですが、ニコラの出身のゲランドってあの塩の名産地のゲランドなんですね。ブルトン人のニコラですが、ケルト系。やっぱりケルト系に黙っていてもはまるのは何か前世の因縁でもあるわけなのかしらワタシ?)

2009年3月に出版された最新作"Le Noyé du grand canal"ではすでに舞台は1788年とか。
いよいよ翌年はフランス革命の年です。
今年の秋にはそのさらに続編が出る予定のようですので、どきどきしてしまいますね。


そう言えば、作中「カルヴァドス」が出てきます。
林檎で作った焼酎でとても強いお酒らしいのですが、メグレ警視がしょっちゅうかぱかぱ(しかも捜査のと中でも)やってるので、軽いお酒なんだと思っていました。メグレ警視どんだけ強いんだ。お昼ごはんはサンドウィッチとビールだし(もちろん勤務中)。
イギリスのドラマを見ていても、捜査中・勤務中にビール飲むなんて平気で出てきますが、あれはいいのでしょうかね~。(クイーン警視はお酒を出されても「勤務中なので」って断ってるよ! まあクイーンパパ、マジメだからなあ…。容疑者にまで「お堅いことで」って皮肉言われたりしてるし…。ま、クイーンパパはそこもいいけどネ☆キャッvvvv)(バカ)

あと、改めて見ると訳者の方がけっこうご年輩の方でびっくりしました。
読んでいてところどころ日本語が「?」と思っていましたが、ああ。と納得しました。
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by n_umigame | 2010-02-22 00:02 | ミステリ | Trackback | Comments(2)

「ペリーがパワポで提案書を持ってきたら」

@niftyデイリーポータルZ

((´∀`))

*追記*
記事中の「カッコイイ!!ビジネス用語集」も笑える(笑)!!
ちょっと『大人語の謎』みたいですね。

一番笑ったのが、「雑談=ブレスト」。
た、たしかに、雑談になっちゃっとることもしばしば……。いずこの会社もおんなしなんですねえ。
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by n_umigame | 2010-02-21 21:48 | 日々。 | Trackback | Comments(2)

プチ☆まんが日本昔ばなし祭り

「牛鬼淵」をYouTubeで見てからあれもこれもと遠い記憶が連鎖的にフラッシュバックし、次々とYouTubeで見られるだけ見てしまいました。

いいな いいな にんげんって いいな~♪ うっわー、なっつかしい~。

なつかしいのから、うろおぼえだったの、初めて見たのまで、印象に残ったものを以下書き出してみました。
YouTubeにリンクを貼っておきますので、興味のあるかたはぜひにご覧下さい。

「おいてけ堀」
始まっていきなり音楽こわいよ!!
「むかーしむかし、とある国の城下に、おいてけ堀と呼ばれるお堀がありましたそうな……」
「まんが日本昔ばなし」、今見るととても美しい日本語を、名調子で(たった2人で)語られていたということがわかり、それも改めて感動いたしました。
トラウマナンバー2エピソードでしたが、今見るといろいろ笑えますね、コレ(笑)。
おいてけ堀も「おいてけ」言うなら釣らすな(笑)。 美しいお女中が登場するシーンは、こわい。「どうしてもかえ?」と3度確かめるところも、こわい。3度目に声音が変わってるの、空気読め、魚屋!! これは小泉八雲の「むじな」だったんですねえー。
子供心になぜこんなにこわかったのかというと、きっとオチがないからでしょう。

「船幽霊(ふなゆうれい)」
動機が欲→バチが当たる、と。子どもの頃からこういうのが刷り込まれていると、いい教訓になります。
「ひしゃくをくれー」「ひしゃくをくれー」「ひしゃくをー」・・・・・・・ (((゜д゜;)))
これはひしゃくの底を抜いて幽霊に渡すバージョンがあったと思っていたのですが、記憶違いでした??
(「そら、ひしゃくだ!」といって海に投げると、海から何万という白い手がざーーーっといっせいに出てきてひしゃくをつかみ、海の水をかいで船の中に入れようとする、というシーンが目に焼き付いているのですが…うーん記憶違いかな)

「キジも鳴かずば」
トラウマ「悲しい話」ぶっちぎりの一位です。
これは大阪の北摂にも同じような伝説があります。このアニメで「人柱」という言葉を覚えたと思います。
おとうが引き立てられるときに千代に無理に笑顔を作ろうとする場面で泣きそうになりました…。
あと、捕り方の右側の人が、悲しそうな、やりきれなさそうな表情をしているのも良いですね。
「口は災いの元」というのが教訓なのでしょうが、大人になってから見ると、千代の泣き声がいつまでもいつまでも村人たちの心を責めさいなんだという描写がとても痛いです。

トラウマ「悲しい話」ナンバー2で、猟師さんがのっぴきならぬ理由で山小屋に赤ちゃんを置いてゆくことになり、猟犬が守ってくれたのに誤解して撃ち殺してしまって……という「ごんぎつね」オチのお話があったと思うのですが、タイトルが思い出せません。
だれかご存じの方いらっしゃったら教えてくださいー。

「貧乏神と福の神」
笑える!!
成金くさい金歯の福の神ナイス!!「わし、福の神だよね?」(自問)(大爆笑)
めんこい嫁御ナイス!!
子どもの頃、この心優しい夫婦といっしょに心情的に「貧乏神がんばれ!」と応援してしまったのが運の尽きだったのか、今現在があるわけか、わたしよ…。
「んだとも、これからもずっといてくだっせ」・°・(ノД`)・°・(*´∇`)

あと心温まる系のお話では、年神様がやってくるのから隠れようとする老夫婦のお話があったのですが、もー、おじいさんとおばあさんがかわいいのなんの。これもタイトル忘れた…。

「親を買う話」
ええ話や…。
この夫婦いいですねえ。

「夜中のおとむらい」
世にも奇妙な物語系の。コメントにもありますが、これ、実話なんじゃないかしら…。
(いちおう「山形県鶴岡であったというお話」ということになっているし…)
絵や表現のクオリティが高いです。

「飯降山(いぶりやま)」
いがらしみきお…!!
た、たしかに。
これは非常に恐ろしいお話で、語り手は真実をなにも知らない男で、別の場所で「お話」は進行している。
そして最後の最後に相互に交わる。
幕が下りた後にもお話が続いている「あとはご想像におまかせします」のパターンです。
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by n_umigame | 2010-02-21 19:43 | 日々。 | Trackback | Comments(6)

牛鬼淵(まんが日本昔ばなし)

『日本人の知らない日本語 2』を読んでいたら、日本では夏といえば怪談ですね、と凪子先生が言うと、生徒さんたちは「えーなぜ!?」という反応だったとか。

中国ではこわい話や映画をテレビでは流さないし、イギリスでは怪談と言えば冬の風物詩。
イギリス人、どんだけ、どM☆なんですか。

ところで、それでふと思い出したのですが、わたくしが子どもの頃、毎週毎週楽しみに見ていたアニメに『まんが日本昔ばなし』があります。
まだ子どもだったわたくしの2大トラウマ怖い話はひとつは「おいてけ堀」。
そしてもう一つは「うしおに」が出てくるお話、ということしか覚えていなかったので、大人になってからまわり中の人に聞いてみたのですが、みんな「そんな話あった?」という反応です。
松谷みよ子さんの「ももちゃん」シリーズにも「牛鬼」が出てくるお話があり、あれと混同しているのかなあ? いやいや確かにあったぞ…、そうだ、こういうときこそ、Googleじゃん! と検索してみたら。

ありました。

「牛鬼淵」(まんが日本昔ばなし)YouTubeに飛びます。


こ、こ、これだ……。

み、見てみよう…。ぽち。(クリック)

…………ひいいいいいいいいいい、こ、こわー!!!! 今見てもものごっつこわーーーー!!!・・・・・・・ (((゜д゜;)))


「牛鬼」は西日本に伝わる妖怪らしく、それでなおさら、子供心に「牛鬼出たらどうしよう!!」と怖かったのかもしれません。
「影をなめられると死ぬ」というのが、ふつうに食われて死ぬより、なんだか怖くないですか。

このアニメでは伊勢の山奥にあるという「牛鬼淵」という設定です。

子どもの頃は、牛鬼である「男」が3度たずねてくる(”3度”は民話伝説ではお約束ですが)のがとても怖かったです。
最初はちょっとだけ簾?を開けて片目だけが見える。で、「それは木を切るんじゃな?」と確認してから中へ入り込もうとする。そしてベテラン木こりさんの「しかしこの32枚目は鬼刃と言うてな」という説明を聞くと、だまってすーっと帰っていくのが、超こわい。

ここでベテラン木こりが、何かを感じ取って、すぐに鬼刃の説明をしてなかったらどうなっていたか。
大人になって見直すと、ベテラン木こりも、「男」が妖怪だとはっきりわかったわけではなかったのに、直感で、邪悪なものを払ったのだということがわかります。

直感は経験の積み重ねから生まれてくるものである場合は、得てして「正しい」ものです。
ですが、それは言語化できません。
説明できないものを笑った若造は結局死んでしまうのですが、子供心に、「人生の先輩がダメと言ったことを最初からバカにしてはいけないんだ」ということ、そして「なんだかよくわからないが危険だということを察知できる直感を養う、ということが、生きていく上で必須であること」が刷り込まれたように思います。
(「あれほど鬼刃が欠けたことを言うてはならんと言ってあったのに…」オヤジ木こりさん、かっけー!!)
まあそのころから単にオヤジ好きだったのかもしれませんが…。

最近はまわりの大人がさっさとバリアを張ってしまって、子どもに怖い話や悲しい話を見せたり聞かせたりすることがあまりないようなのですが、自分がこれから生きようとする世界には、おそろしいもの、こわいもの、悲しいものも存在するのだということは、子どものころから少しは知っておいた方がいいように思います。

そういう「世界の負の面」を隠してしまうのではなくて、そういうこともあるよ、と。
それはこのベテラン木こりさんのように、生き延びるために必要な「直感」、邪悪なものや危険を回避するために生き物として必要な能力を養うということです。
「牛鬼」のように「人間の理非」が通用しない相手と出くわしたときも、自分の身を守れるということです。

そして、だけど、いやだからこそ、美しいもの、心安らぐもの、楽しいものを見たり感じたりしたときに、それがどれほど尊いもの、大切にしなければならないものであるのかということが心からわかるのではないかなあと思ったりします。


…しかし、おそるべし、YouTube。
「おいてけ堀」も探してみたくなったけれども、一晩に2こはショックが大きすぎるので、また今度。
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by n_umigame | 2010-02-18 23:12 | 日々。 | Trackback | Comments(2)

Welcome. 本と好きなものがたり。


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