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シャーリイ・ジャクスン、2冊

『くじ』(異色作家短篇集/早川書房)を読んだのを機に、『たたり』(創元推理文庫)の感想も。

サイコキラーが手当たり次第に人を殺していく作品は、一種のファンタジーです。「そんな人が現実にいるわけない、いたとしても、そういう人は特殊な人で、精神的に健常な自分とは関係がない」という「別物」の安心感があるからこそ、読めるのだと思います。(某人食い博士が大活躍する一連のシリーズも、いったい今何作目なんだと思うようなホッケー仮面ジェイソンくんも、そういうことなのではないでしょうか。)
しかしシャーリイ・ジャクスンの作品に登場する人物は、「おまえにもあるだろう、こういうところが。近くにいるだろう、こういう人間が。ないとは言わせないよ。」と、非常にリアリティを感じる嫌悪感をもって迫ってきます。

これは、嫌ですよ…。

『くじ』の表題作は、その内容があまりにもショッキングだったため、発禁になった時代があったそうですが、発禁になったのは、オチがショッキングだったからとか、そういうことでは、きっと、ない。
この、「できればふさいでおきたい人間の中の臭いものの蓋」を、開けて見せてしまったから、ではないでしょうか。
もう一点、シャーリイ・ジャクスンのこわいところは、不幸を振り払うように光にしがみつく人間を、嘲笑うような結末へ誘うことです。(「光」と表現しましたが、これもたいていニセモノの光だったりします。)

『たたり』は、スティーブン・キングが、ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』と並んでホラーの傑作と絶賛したという作品で、ホラーの体裁を取ってはいますが、これもやはり、単なるホラーではありません。もう、主人公の姉夫婦とか、読んでいて胃が痛くなるような不愉快さ。嫌な人間を描かせると、この作家さん絶品です。

サラ・ウォーターズの『半身』や、アガサ・クリスティの『春にして君を離れ』(これも痛い…。)などを読んだときも感じましたが、男性作家はこうは描きませんね。山岸涼子さんにも、「自分で自分の人生を切り開かなかったツケ」が回ってくる女性主人公に対して、苛烈すぎると思うような突き放した作品がいろいろありますが、こういうのを読んでしまうと、やっぱり男性の方がロマンティストだし優しいんじゃないかなあと思ってしまいます。

今、嫌なことがあって、明日会社や学校に行きたくない…と思っているときには、絶対にオススメしません。しませんが、何でもイージー・ゴー・ハッピーじゃ世界は安直に過ぎるということもウェルカム!というファイトとガッツのあるときは、この絶品「嫌な味」をお楽しみ下さい。

ところで、

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by n_umigame | 2006-08-06 23:53 | | Trackback | Comments(0)

『ニューヨーク犯罪事情』 トム・マクゴードリック、賀川洋・共著/ぶんか社

トム・マクゴードリックさんは、名前からお察しいただけるようにアイリッシュ・アメリカンで、元ニューヨーク市警の刑事、その後、辞め検事の相棒とともに私立探偵事務所を開業。
共著とありますが、このトムさんの体験談を賀川洋さんがまとめたもの、という意味で、文筆の責任は賀川洋さんの方にあるようです。
この図書からは賀川さんの方の略歴がわからなかったのですが、たまたま自分が持っていた別の本によれば、日本の某大手出版社の駐在員としてニューヨークに滞在、その後独立されたそうです。

つまりどちらも文筆のプロではないので、プロフェッショナルではない相手に本気を出すのも気が引けますが。
ハードボイルドを狙ったような文章は、控えめに言わせていただいても、失敗。(←どこが控えめだ)そもそも日本語になっていない部分もあれば、脱字もあり(これは出版社の責任ですが)、素人くささがいかんともしがたいのが、残念です。
こういう本なので、民放で2時間特番でやっている『潜入!○○警察25時!!』みたいなクサさが出てしまうのは仕方がないのですが、テーマの絞り方を考えればもうちょっとおもしろくできたろうに、という感じでした。

しかし、トムさん、「退屈な仕事が大キライ」で、警官になり、担当はもちろん管内でも一番デンジャラス★なサウス・ブロンクス、思ったより平和でつまんね(←もちろんトムさんの主観)、と思ったもののやっぱりドンパチ楽しい時もあり、うきうき警官人生を謳歌していたけれども膝を負傷、デスクワークに回され、おれはもう今までみたいに犯人追っかけられないんだ。クスン…。とサッパリ警官を辞め、私立探偵開業。わくわく犯罪ランド・NY☆にいりゃメシの食い上げってことはねえよ、やっぱ、私立探偵サイコー!…と人生楽しそうなご様子ですが、犯罪実録より、むしろ、そんなトムさんの方がよっぽどおもしろかったです。
やはり元ニューヨーク市警の警官だった方が書いた某小説で、「刑事は離婚率が高い」という文章が出てくるのですが、そうでしょうね、こんなだんなさんだったらば。奥様たいへんですよ。

トムさんの警官時代の体験談でおもしろかったところ。
仕事中、友だちとお昼ごはんを食べる約束でレストランで待ち合わせをしていたところ、麻薬の売買を発見。逮捕しようと思ったけど、おなかすいたし、「おまえらあとで署まで来い、ゴラぁ!」と言うだけ言って見逃し、友だちとごはんを食べて戻ったら、さっきの売人たちが雁首揃えて、本当に署に出頭していました。
売人たち曰く、「だって、アンタがこわかったから、マジだと思って……」
トムさんはそのバカ正直さにあきれて、「もう、おまえらいいから、ウチ帰れ。な?」と、帰したそうです。トムさんのお人柄がにじみ出ているエピソードです。
いい警官だったのでしょう。
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by n_umigame | 2006-08-05 17:29 | | Trackback | Comments(0)

『主婦でスミマセン』 青木るえか著(角川文庫)

関西人は自分の失敗談などを笑いのタネにした話題づくりが得意だと言われておりますが、これは、「必ず合いの手を入れてくれる」という「ツッコミが来る安心感」「相方への信頼」を前提に話しているので、この安心感、信頼がないところでは、「大勢の目の前ですべってこけたのに周囲の人は無言でスルー」という寒い状況と同じになってしまいます。
自虐ネタを芸風にしている芸人さんなどを見ていても、あっというまに消えているような気がしますが、これはやはり、「芸」としてあまり成功しているとは言い難いということなのではないでしょうか。
だってまあわかりますよ。めそめそ「ぼくってわたしってかわいそうでしょ?ねえねえ!」とにじり寄られるのが続くと、どうしたって、よほど聖人みたいな人でなければ、「あっち行けうっとおしい!」となるのが人情だからでしょう。
逆に言えば、続いている人は、「芸風として確立し、受け入れられている」ということではないかと思われます。

で、青木さん、おもしろすぎ。
中村うさぎとか『だめんず・うぉ~か~』とか、「ダメ女」を芸風とするものはいろいろありますが、そういうものの中には気持ちよく笑えるものとそうでないものが混在しております。(『だめんず・うぉ~か~』は「ダメ」なのはむしろ男の方だろうというご意見もあろうかと思われますが、生物のメスとしてオスを見る目がないというのは、ある意味致命的にダメなんじゃないかと、最近思うようになりました…。(その反対ももちろん、あり。)人間の場合、単に「生物」としてだけ生きているわけではないので、生物としてダメでも人間としてオッケーならそれで良し。と思いますが。)

青木さんのエッセイがなぜ気持ちよく笑えるか、人それぞれご感想があるかと思いますが、
「自分を見るクールな視線」。これではないかと。
自分のやっていることがかなりダメだという自覚があるんだけれども、それを直せない。直せない自分もダメなんだという自覚もあるんだけれども、実は愛おしくってしょうがない。
という、良い意味での「自分への愛情」があるから、読んでいてあたたかい印象を残すのだと思います。
この「自分への正しい愛情」というものが欠落していると、周囲の人間をも破壊するような、負のパワーになってしまうので、もう絶対に笑えないのですが。
(世の中、他人を不幸にしている人間は、自分が不幸な人間ばかりです。本当に自分を愛していたら、自分を幸せにしようとするはずです。だから、逆説的ですが、人を幸せにしたければまず自分が幸せでいなければならず、自分が幸せでいようと思ったら、みんなが幸せでないといけないのだと思います。)

なんか、たいへんな話になってしまいましたが、おもしろいです、青木るえか!
でも、やっぱり、もうちょっと掃除はした方が良いのでは。
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by n_umigame | 2006-08-05 17:26 | | Trackback | Comments(0)

感想文待ちメモ

『文学における父と子』
『神話の心理学』
『主婦でスミマセン』
『ニューヨーク犯罪事情』
『特別料理』
『演劇は道具だ』
『たたり』
『魔法ファンタジーの世界』

…ありすぎる…
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by n_umigame | 2006-08-03 22:58 | | Trackback | Comments(0)

『私家版・ユダヤ文化論』 内田樹著/文春新書

本好きの皆さま、「ここの書店のオヤジ(かどうかはさておき、売りたい本を決める人。)とは気が合う。」ということがありませんか。
わたくしにはそういう書店が3軒ほどあり、そしてたいてい、この第六感とも言うべき勘がはずれたことはあまりありません。
内田樹さんの本との出会いは、今を去ること数年前、その3軒のうちの1軒の書店。
平積みにしてある台に『「おじさん」的思考』というタイトルの本が目に留まりました。オヤジ好きがだだ漏れの身の上としてこれは看過すべきタイトルではない。そう思い手に取ったものの、単行本で、それなりのお値段、もちろん文庫より場所ふさぎ。初めて見る作家さん。これはハズレだった場合、ダメージが小さくない。そんなときはちょっと読んでみる。

さて、話をもどすけれど、「自分の国だけが助かればいい」というのは、行動の水準では要するに「自分の国は他の国とは違う行動をとる」ということである。
「ゴジラが神戸に上陸」したと想定してみよう。

”「ゴジラが神戸に上陸」したと想定してみよう。”
この一文だけでわたくしはレジに突進しそうになりましたが、もう一度冷静になって、”迷ったときは出版社で判断”という原則(?)に戻ってみました。
晶文社。サイのマークであります。もう買うしかないであります。
以後、内田樹さんの本を読む、という幸せを堪能させていただいています。

『私家版・ユダヤ文化論』の感想は後日。

しかし、内田樹さんはけっこうミステリも読んでいらっしゃるのではないかと、文章の端々から想像するのですが、このアクロバティックな論理展開、事物への鋭いアプローチの仕方、「内田樹のエラリイ・クイーン論」なんてものがありましたら、抱腹絶倒驚天動地の大傑作クイーン論になるのではないかと、あらぬ妄想をいだいております。
ああ、書いて下さらないかなあ。もう、ぜひに。
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by n_umigame | 2006-07-31 00:01 | | Trackback | Comments(0)

『レンダリングタワー』 宮沢章夫著/アスキー

マイ三大・出会えて良かったエッセイ書きさんは、

高島俊男、宮沢章夫、内田樹   各氏であります。
(以上、惚れた順。)(いや文章に。)

エッセイ書きさん、などというくくり方をしましたが、それぞれ本業は別の所におありです。(高島さんは現在文筆一本のようですが)
このお三方の、くめども尽きせぬ知的好奇心、ウィットとユーモアあふれる文章、的確にして大笑いのレトリック、ユニークな事物へのアプローチの仕方、鋭い切り口など、いったいどれほどの影響を受けたかしれません。そしてへこんだとき、どれほどこのお三方の文章に助けられたかしれません。

高島さんは最近あまり追いかけていないのですが、宮沢さんはふと気づいたら今年に入ってから3冊も新刊が出ているではありませんか。ぬう、ぬかったわ。

さて『レンダリングタワー』。「ひさびさ、エッセイ、しかも、デジタル」ですよ。
もうね、何も言うことはありません。
ひところ、宮沢さんもパワーダウンしてきて小さくまとまり気味かな?という感じになったのですが(しかしあれは対象がな…いや、『「資本論」も読む』とか『チェーホフの戦争』とかのお話です)、今回は思いました。 宮沢章夫・健在。
これからも追いかけます!

ところで、高島俊男さんのエッセイに、高島さんのところに寄せられたファンレターに「高島先生」だと固いし、かといって、「さん」だと知り合いみたいでなれなれしい感じがするのだけれど、「なんて呼べばいいんだ」というものがありました。高島さんの回答は
「文士とスポーツ選手は呼び捨てにして良い。」
というものでありました。かと言って、やはり呼び捨てにするのはなんだかちょっと気が引けるので、当ブログでは 「文士を呼ぶときは限りなく”先生”のニュアンスに近い”さん”づけ」というニュアンスで使用させていただきたいと存じます。
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by n_umigame | 2006-07-30 23:24 | | Trackback | Comments(0)

『噂』荻原浩・著/新潮文庫

最後の一行で大どんでんがえしが来るミステリ作品のことを、エラリイ・クイーンの作品にちなんで「最後の一撃」と名付けたのは瀬戸川猛資さんだそうですが、この作品も「最後の一撃」の仲間に入れてもいいかと思います。
そして、個人的に、いわゆる「本格ミステリ」のマイ定義第1条として「飛ばし読みができないこと」があるのですが、そういう意味でこの作品は「本格ミステリ」だと思います。(「あっとおどろくトリック」が第1条の方には、これはサスペンスだろう、ということになるかと思われますが)
ただし、「大」どんでんがえしというよりは「プチ」どんでんがえし、という感じですが。

父と娘の父子家庭・小暮刑事と母と息子の母子家庭・名島刑事のコンビがいい味で、読んでいて心地良いのですが、オチはブラック・オチ です。
ぜひ、小暮・名島コンビでシリーズ化してほしい!と途中までは思いましたが、読み終わってからは1話完結がキャラクターに対する慈悲かもしれん…と思ってしまいましたよ…。

初めて読んだ作家さんですが、こんなお話なのに、ときおり読んでいてくすっと笑えるユーモアがあって、それが非常にお気に入りです。日本のミステリはあまり読まないのですが、まじめすぎて肩が凝る、というところも一因で…。
じゃあいわゆる「ユーモア・ミステリ」を読んでればいいじゃん?ということでもなくて、何と言いますか、こう、「リラックスしつつ真剣勝負」。そんな風合いがいいのです。
解説によるとユーモア作家としてスタートしたとありますが、この調子でどんどんミステリも書いていただきたいです。
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by n_umigame | 2006-07-30 22:50 | ミステリ | Trackback | Comments(0)

『ニューヨークの憂鬱 豊かさと快適さの裏側』長沼秀世著/中公新書

ニューヨークの旅行・体験記はたいてい「ビバ!ニューヨーク☆」という
内容のものが多いけれども、あえて、「ちょっとどうなのそれ、ニューヨーク★」を
書いてみました、という筆者の方の前書きにあるように、
「ちょっとどうか」と思う体験がつづられています。

1981年にニューヨークに滞在されたとのことですが、
内容は、とても25年も前のこととは思えません。

特に、青少年の失業率の高さ、パート労働者の多さ、職能別の差が身分格差のように
なっている現実、MBAなど経営管理の専門家の是非をめぐる議論など。
とても遠い海の向こうの過去のお話とは思えませんでした。
(NHKスペシャル『ワーキング・プア』を見つつなおさらそう思ってしまいました。)
ですが、郷に入っては郷に従え、と申しますが、やはり、せっかくアメリカで暮らすチャンスなのに、日本と同じような人々、日本と同じようなサービス、日本と同じようないろいろ、では
ちょっともったいないのでは?と思う部分もありました。
筆者の方も、そういうニューヨークを楽しむタフさが
なければオススメしない、とおっしゃっていますが。
妹尾河童さんが「日常生活での不満が多い人は、旅先でも不満が多い」
と書いてらっしゃいましたが、一面の真理かもしれません。
(そんなわたしは今は無き「あなたは何人占い」で「アメリカ人」でした……のでご参考程度に。)

著者はアメリカ社会経済史がご専門の大学の教授とあります。

古本屋さんのワゴンで50円。ヒットでした。
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by n_umigame | 2006-07-23 21:34 | | Trackback | Comments(0)