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『批評理論入門 :『フランケンシュタイン』解剖講義』廣野由美子著(中公新書)中央公論新社

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批評理論についての書物は数多くあるが、読み方の実例をとおして、小説とは何かという問題に迫ったものは少ない。本書ではまず、「小説技法篇」で、小説はいかなるテクニックを使って書かれるのかを明示する。続いて「批評理論篇」では、有力な作品分析の方法論を平易に解説した。技法と理論の双方に通じることによって、作品理解はさらに深まるだろう。多様な問題を含んだ小説『フランケンシュタイン』に議論を絞った。
(Amazon.jpより・画像も)



メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』を例に取って、『フランケンシュタイン』とはどういった構造でどういったテクニックで書かれた小説かを分析した「小説技法篇」と、小説はどういう切り口で読むことが可能かという方法論で洗い出す「批評理論篇」の、二部構成になっています。

こうやって紹介すると無味乾燥なお勉強本のように聞こえるかも知れませんが、これがめっぽうおもしろい本で、読んでいる間わくわくどきどきしました。文学を専攻する大学生であれば、遅くとも2年生まで、できれば高校生くらいまでに読んでおきたかったと思う本でした。
でももちろん、大人になってから読んでもエキサイティングです。
(あんまりおもしろかったので、同じ著者の『嵐が丘』バージョンも買ってしまいました。『嵐が丘』はロマンス小説を読まない自分にとってのオールタイムベストのロマンス小説なのです。)

メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』は、当時流行したらしい手記(手紙)形式で書かれた小説だということもあって、最初はとっつきにくいですし、主人公のヴィクター・フランケンシュタインがひかえめに言ってもクズなので読んでてイライラしますが、少し読み進めるとぐいぐい読めておもしろいです。
ミステリー好きの方には、この手記という手法に、「信頼できない語り手」問題がすぐ頭をかすめると思いますが、この本でもその旨指摘されています。
未読の方はできれば『フランケンシュタイン』を先に読んでおくと、本書でフランケンシュタインのクズっぷりをクールにズバズバ斬っていく様に首がもげるかとおもうほど頷け、一粒で二度おいしい仕様となっています。


それにしても、メアリ・シェリーには何をどうすればこんなカスの主人公を創造できるのか、聞いてみたかったですね。狙ってできあがるキャラクターじゃないと思うんですよ。
メアリ・シェリー自身の人生も当時としては波瀾万丈のもので、16歳のときに妻子ある男性と恋に落ちてかけおちして、次々と妊娠しては子どもを亡くすという体験をしているそうで、この悲しくも暗い経験が『フランケンシュタイン』という作品にも深い影を落としていることは間違いないでしょう。
『フランケンシュタイン』は次々と悲惨な死に方で人が死んでいく物語で、希望も何も残らない、すがすがしいほどの悲劇的なお話です。
ヘミングウェイの『日はまた昇る』と、”読み終わったときに呆然とするほどすがすがしい悲劇度”で自分の中ではツートップです。


ベネディクト・カンバーバッチとジョニー・リー・ミラーが、ダブルキャストでヴィクター・フランケンシュタインと怪物を演じた、ナショナル・シアター・ライヴの『フランケンシュタイン』を、どちらも見たのですが、この舞台を見る前にこの本を読んでおければよかったです。
NTLの舞台の方は人気売れっ子俳優さんのダブルキャストということもあってか、ヴィクター・フランケンシュタインのクズっぷりがあまり目立たない演出になっていました。
どちらかというとフランケンシュタインと怪物の、同じ手の裏と表のような関係性にフォーカスされた舞台だったと思います。




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by n_umigame | 2016-12-31 23:33 | | Trackback | Comments(0)

『中継ステーション』クリフォード・D・シマック著/山田順子訳(ハヤカワ文庫SF)早川書房


アメリカ中西部、ウィスコンシン州の片田舎にある一軒家――ごくふつうの農家にしか見えないその建物は、じつは銀河の星々を結ぶ中継ステーションだった。その農家で孤独に暮らす、元北軍兵士のイーノック・ウォレスは百年のあいだステーション管理人を務めてきたが、その存在を怪しむCIAが調査を開始していた……異星人たちが地球に来訪していると知っているただひとりの男の驚くべき日々を描く、ヒューゴー賞受賞作
(出版社HP)


クリフォード・D・シマックは長年あこがれの作家でした。
エラリイ・クイーンにハマったときによくお邪魔していたサイト様に、シマックのコーナーもあり、その管理人さんのクイーン作品評が大好きだったので、この方がおもしろいと言うならきっとおもしろいだろうと期待していました。
ところが、当時(も今も)シマックの作品を新刊の日本語で読むことはほとんどできず、たまたまSF短篇集に収録されていた作品を2作ほど読む機会があったのですが、予想どおり自分の好きなタイプの作品でした。

それ以来まったく読むことができなかったところへ、この『中継ステーション』が新訳、しかも山田順子さんの訳で再刊されるなんて! 知ったときは小躍りして、買ってすぐはもったいなくて、読まずにずっと寝かしていました。


シマックの作品は、「田舎SF」とか「田園SF」とか呼ばれているそうです(笑)。
短編を読んだイメージからもそんな感じで、舞台はいつもウィスコンシン州であることが多いようで、おかげでわたくしのウィスコンシン州のイメージはシマックの描く世界です。
言ってしまえば、ど田舎なのでしょう。(映画『マダガスカル』の番外編「ペンギン大作戦」で「ここほんとに南極? ウィスコンシン州では?」というジョークがあって、アメリカでもそういうイメージなんだろうなと思って大笑いしました)

『中継ステーション』は、ウィスコンシン州にある、一見何でもない農家が舞台。宇宙人の中継ステーションを営むことになったイーノックは、宇宙人に見初められて(笑)不老不死になり、このステーションの管理人を務めています。
この宇宙人たちは理性的でおだやかで、ときにちょっとしたトラブルが起きないでもないのだけれど、イーノックはただただ通過していく宇宙人達を受け入れては送り出し、日々はただ静かに過ぎていきます。

宇宙人が出てきますが、まったく派手さはありません。派手なアクションもなし。女性キャラクターも出てきますが、そういうラブもなし。
冷戦の時代に、真の平和とは何かということを真摯に考え、伝えようとした作品だと思います。そしてこれがアメリカの人の書いた作品だというのが、また沁みてきます。
アメリカはときどきとんでもない国だと思うことがありますが、時代の一角に必ず善き心と自分にできることをしようという行動を伴った人が現れる分、日本より自浄作用がある国なのではないかと思うことがあります。

それが幻想だと言ってしまえばそれまでなのですが、いわゆる「古き良きアメリカ」の良心のような、あたたかさや居心地の良さが、シマックの作品にはあります。
どことなくシオドア・スタージョンにも通じるものがあるように感じました。ガジェットや壮大さで読ませるSFではなく、この人の文章や、描く世界にずっといたいと思うような心地よさがあります。読み終わったときに「ここ、これは傑作じゃあ!」と立ち上がってしまうような作品では無く、静かに本を閉じたら自分がにっこり微笑んでいることに気づくような。
これがSFだというのがとても面白い。SFというジャンルの幅の広さ、底の深さを改めて思ってしまいます。






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by n_umigame | 2016-08-15 21:05 | | Trackback | Comments(0)

『ハイ・ライズ』(2015)



■映画「ハイ・ライズ」公式サイト


トム・ヒドルストン主演で、「太陽の帝国」「クラッシュ」で知られるSF作家J・G・バラードによる長編小説を映画化。フロアごとに階級が分けられ、上層階へ行くにしたがい、富裕層となるという新築タワーマンション。このコンセプトを考案した建築家アンソニーの誘いで、マンションに住み始めた医師のロバートは、住民のワイルダーと知り合い、マンションの中で起こっている異常事態を知ることとなる。「マイティ・ソー」シリーズのロキ役で知られるヒドルストンがロバート役を演じるほか、「ドラキュラZERO」のルーク・エバンス、「運命の逆転」のジェレミー・アイアンズ、「アメリカン・スナイパー」のシエナ・ミラーらが出演。監督は「ABC・オブ・デス」「サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド」のベン・ウィートリー。
(映画.comより)

こちらは映画の感想です。
原作(本)の感想はこちらへ。→

大筋は原作どおりで、やはりネタバレがどうこうという種類の映画ではないと思いますが、真っ白の状態で作品を楽しみたい方は、ここで回れ右でお願いします。
原作との違いについても触れています。








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by n_umigame | 2016-08-14 23:12 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)

『ハイ・ライズ』J・G・バラード著/村上博基訳(創元SF文庫)東京創元社



ロンドン中心部に聳え立つ、知的専門職の人々が暮らす新築の40階建の巨大住宅。1000戸2000人を擁し、マーケット、プール、ジム、レストランから、銀行、小学校まで備えたこの一個の世界は、10階までの下層部、35階までの中層部、その上の上層部に階層化していた。全室が入居済みとなったある夜起こった停電をきっかけに、建物全体を不穏な空気が支配しはじめた。中期の傑作。解説=渡邊利道
(出版社HP)


こちらは原作の感想です。
映画の感想はこちらへ→


J・G・バラードとの接点は、高校生の時に読んだ短篇集『永遠へのパスポート』と、スピルバーグ監督作品で映画化された『太陽の帝国』の2点くらいでした。
代表作と言われる『結晶世界』も未読で、バラードがどういう作家だったのかはほとんど知りません。
ただ、多感な年頃に読んだはずの『永遠へのパスポート』をしてからほとんど記憶に残っていないところからすると、自分にはあまり刺さらなかったと見え、今回『ハイ・ライズ』を読んでみて、その理由が何となくわかったように思いました。

以下、感想です。
ネタバレがどうこうという種類の小説ではないと思いますが、真っ白の状態で作品を楽しみたい方は、ここで回れ右でお願いします。







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by n_umigame | 2016-08-14 23:07 | | Trackback | Comments(0)

『OZ』(完全収録版・全5巻)樹なつみ著(白泉社)


大戦で核ミサイルが爆発して世界と人類が壊滅状態となってから31年後、未だ戦乱と混迷、食糧不足、エネルギー不足、環境破壊による砂漠化など、人類の先行きに希望が持てない世界の裏側でささやかれる1つの伝説があった。それは、大戦前に科学者(頭脳)集団が創った巨大シェルターの存在だった。飢えも戦争もない最先端の科学都市、その名を「OZ」(オズ)という。
(Wikipediaより)


映画『エクス・マキナ』を見て思いだしたマンガです。
昔1巻だけ読んだことがあったような記憶がありまして、Kindle1巻無料キャンペーン期間中だったので、この機会に全部読んでみることにしました。



以下、ネタバレしています。






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by n_umigame | 2016-07-06 00:22 | コミックス | Trackback | Comments(0)

『エクス・マキナ』(2015)


映画『エクス・マキナ』公式サイト


検索エンジン世界最大手のブルーブック社に勤めるプログラマーのケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、ほとんど人前に姿を見せない社長のネイサン(オスカー・アイザック)が所有する山荘に招かれる。人里離れた山間の別荘を訪ねると、女性型ロボットのエヴァ(アリシア・ヴィキャンデル)が姿を現す。そこでケイレブは、エヴァに搭載された世界初の実用レベルとなる人工知能の実験に手を貸すことになるが……。
(シネマトゥデイより)





映像は美しいけれど、物語はSF好きの人なら特別目新しいものでないし、密室スリラーにしたのは面白いけれど、ミステリーとしても何か度肝を抜くような仕掛けがある映画ではないなと思いながら見ていて、見終わってからも、選択肢の中にあった予定調和的な終わり方だなあと思いつつ映画館を出ました。
ですが、しばらくしてじわじわと、これは何かとても怖いものを見せられたのではないかと、体温が1℃くらい下がるのを感じるような、そんな作品でした。


以下、ネタバレしています。







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by n_umigame | 2016-07-03 23:15 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)

『幼年期の終わり』(CHILDHOOD'S END)原作とドラマ


■「CHILDHOOD'S END-幼年期の終わり-」(AXN公式サイト)
戦争や疫病が消え、平和がもたらされた地球。しかし、その代償とは?
アーサー・C・クラーク原作のSF史に輝く不朽の名作の初の映像化!
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(AXN・画像も)


やっとドラマを見終わりました。
原作も懐かしくなってうん十年ぶりに再読したのですが、この傑作についての詳しい感想や考察はほかにすばらしい記事がたくさんありますので、そちらをごらんください。
こちらでは簡単に、原作とドラマの違いについて感じたことを記しておきたいと思います。


以下ネタバレしています。


***


初めて原作を読んだときの自分の年齢が確か14歳か15歳だったので、なおさらそう感じたのかも知れませんが、すばらしいハッピーエンドの小説だと思ったことを覚えています。

ところが、ドラマ版を見てみたら、何ですかこの鬱々とした展開は(笑)。あの14だか15だかのときに自分が感じた多幸感はニセモノだったのか。
そうではなかったのです。
そして、なぜこんな鬱展開になったのか、わかるようになった自分がおりました。

それは、どちらの立場でこの物語を見るか、という点にかかっているということだったのですね。
つまり、取り残され、次に進むことは叶わず、地球とともに滅亡していくしかない旧人類、子どもたちの世界へは決して共に行くことができない旧人類なのか。
あるいは、宇宙に存在する何か超越的な存在に見いだされ、進化し、生命にとっては限りなく無限に近い宇宙へ飛び出して行くことが許された新人類なのか。

初読時のわたくしは純粋に新人類に共感し、現在の自分は旧人類の気持ちもわかるようになったということです。

しかも、これは、原作だからハッピーエンドで、ドラマだから鬱展開だというような単純な話ではないのが面白いところです。
原作を読んでも「鬱々とする」という感想を寄せておられる方もいらっしゃるので、原作も旧人類に共感して読むと、そうなってしまうのですね。
原作は1953年(英での刊行)の作品で、原作者のアーサー・C・クラークが36歳のとき。30代前半はもう子どもとは言えないものの、やはり比較的若いときに書かれた作品ではありますが、あくまでも、原作をどう解釈するかということろにかかっているのです。

***

初読時、すばらしい多幸感とともに読み終わったのも当然だったのだなあと、今回再読して改めて思いました。
「(旧)人類があれほど憧れ、謎を解明したいと望みながらもついに見ることのかなわない世界を見ることができる新しい人類が誕生する」物語なのですから。
このまま行けば、間違いなく地球と共に滅亡する(地球にも寿命がありますから)人類にも、新しい世界が開かれている。それはわたしたちが物理的に宇宙船に乗ってどこかへ行くのではなく(それでは結局今の人類が宇宙へ行っても同じようなことを繰り返すだけなのが目に見えています)、まったく新しい人類として宇宙へ飛び出して行く。そこではもう、今の人類が果てしなく繰り返しているような愚かなことはされないだろう。進化しているのだから。これがハッピーエンドでなくなんだというのでしょうか。

原作でも、エネルギーがすべて吸い取られ崩壊していく地球に一人残る青年ジャン(ドラマではマイロ)がいますが、ジャンは、こう言っています。

ある感動が大波のようにぼくを襲うのを感じました。それは喜びでも悲しみでもない、何かが満たされた感じ、何かが全うされたという感じです。
(ハヤカワ文庫2015年6月38刷・福島正実訳 p.394)

この最後の人類となったジャンの、崇高な、それでいて背負うことのない素直な誇り。個としての自分、人類という種は滅んでいくけれど、個としての人間としても自分は生ききったという達成感、しかも、人類の最期をその自分が見届けることができたという達成感は、やはり悲しさより喜びの方が大きいと感じます。(そうあってほしいという自分の気持ちの投影なのかもしれませんが)
このジャンの達成感は、自分の血を分けた子が生き延びるために選ばれたとか、そんな小さな個人の話ではありません。本当に、人類という種を、自分の人生が終わるそのときに、我が身に引き受けているのです。
「自分(=旧人類)の死」を「全う」できたという誇らしさ。個人に置き換えるなら、すばらしい人生を生ききったという喜び。悔いがないからこそ静かに迎えることのできる眠り。それは滅びの美学などという陳腐で安っぽいものではありません。ジャンの気持ちはそこにはないからこそ、この清々しい最期なのだと思います。


ところが、ドラマ版は、これを「人類の新世界への飛躍というすばらしい未来を描いた物語」とは解釈していませんでした。明らかに旧人類に肩入れして描かれています。
視聴者もそう感じるように、印象操作されていると思いました。
原作では国連の代表で、人類との窓口役でしかなかったストルムグレンのドラマがやたらくどくてセンチメンタル(笑)なのも、その一環かと思います。「旧人類」が共感できる「隣のお兄さん」が必要だったからでしょう。
子どもを奪われる親はただただ泣き叫び、最後の人類となったマイロは死ぬ直前まで恋人は死んでしまったのかと未練がましく(もう会えないのは地球を出発した時点でわかっていたはずです)、ずっと泣き出しそうな顔をしています。(マイロの誠実さを出したかったのかもしれませんが、その愁嘆場はもうさんざん出発するときに見たからー!)
ドラマ版は、旧人類には確かにアピールしたでしょう。滅び行く人類にはてしなく"寄り添った"ドラマとして。ただ、そうすることで、どうしても凡百の終末ものSFと大差がないものになってしまっています。

原作の『幼年期の終わり』がこれほど長い間読み継がれているのは、人類の進化や好戦的でない宇宙人がやってきたお話だから、というだけではないと思います。
そこに、「今の人類では(もしかしたら永遠に)行くことのできない宇宙」への希望が、「新しいいのち」に託された作品だからではないでしょうか。
クラシックSFらしいオプティミズムにあふれた作品だとは思います。今回再読してみて、こんなに単純なお話だったのかと正直驚きましたので。
ですが、最後には希望しかないのだということも、認識を新たにさせていただきました。
こんな作品に、多感な年頃に出会っておいて、本当によかったと思っています。






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by n_umigame | 2016-06-19 23:32 | | Trackback | Comments(0)

<小ネタ>こんなところにエラリイ・クイーンが


『Comic S 早川書房創立70周年記念コミックアンソロジー』というコミックスが、今年の初めに出まして。

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早川書房らしく「SF篇」と「ミステリ篇」が出ていまして、こちらは「SF篇」になります。
「ミステリ篇」は坂田靖子さんにつられて、「SF篇」は題材につられて買ってはみたものの、感想はおおむねAmazonに掲載されている皆さまの感想と変わるところがありませんでした。(版元が版元なので、もう少し面白くできたんじゃないかと思うのですけれどもね…読者の期待もそれなりにあるでしょうし。いっそ、最近のイマドキ狙いのジャケットに合わせて、若手の漫画家さんや、これはと思われる新人さんで揃えても良かったんじゃないかなとか…って最近、ハヤカワさんの本はほぼノンフィクションしか買ってないのですが)
まあいいや、横山えいじさんのマンガ、好きだから。(何そのなぐさめ方)

そんなこんなでアンソロジー・コミックスとしては感想がこれといって出てこなかったのですが、あらま。という箇所を見つけまして。

ふくやまけいこさんの作品に、エラリイ・クイーンの本(原書名で)が並んでいて、ここでちょっとだけテンション上がったので(笑)、ご紹介させていただいておきます。

じゃん

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しかもけっこうマニアックなのが並んでいる。
クイーンでない本も並んでいますが。


…いや、だからどうしたと言われても困るのですけれどもね。

マンガを読んでてこんなところでひっかかる自分が気持ち悪いです(笑)。
ふくやまけいこさんはクイーン・ファンでいらっしゃるのですね、きっと。いや間違いなく。



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by n_umigame | 2016-05-26 00:13 | *ellery queen* | Trackback | Comments(0)

『シフト(SHIFT)』上下 ヒュー・ハウイー著/雨海弘美訳(角川文庫)KADOKAWA


2049年、滅亡前の世界。新人議員のドナルドは、上院議員サーマンから極秘プロジェクトへの参加を依頼された。ドナルドがサーマンの娘アナと設計した地下施設が完成、全国党大会が行われる中、上空で核爆弾が爆発した。一方、滅亡後の世界では、冷凍睡眠から目覚めたトロイが、サイロの責任者として「第一シフト」に入っていた。ミッションは秩序維持。必要なすべては、『秩序の書』に書かれ、伝承されていた。巨編『ウール』続編。
(Amazon.jpより)



 前作『ウール(WOOL)』の続きで、全三部作の真ん中の作品になるそうです。

 前作の感想がこんな感じだったので、実はあまり期待しないで読み始めたのですが、なにこれ、前作よりおもしろくなっているではないですか。今回も翻訳がいいですね。ちょっとセンチメンタルなのですが、それは原文がそうなのかもしれませんし。この方の文章、好きです。
 時系列が前後することと、舞台となる場所が入れ替わり立ち替わりになるので、そこが読みにくいという方もあるのかもしれませんが、手法として珍しくはないというか、特に奇をてらったようなものではありません。集中して読んでいればすぐ慣れると思います。

 物語の性格上、前作を読んでおく方がいいと思いますが、この真ん中から読み始めてもちゃんとつながるのでだいじょうぶではないでしょうか。

 以下、ネタバレにつきもぐります。








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by n_umigame | 2015-07-03 12:18 | | Trackback | Comments(0)

『インターステラー』(2014)その1:うっとり感想編。

ストーリー:近未来、地球規模の食糧難と環境変化によって人類の滅亡のカウントダウンが進んでいた。そんな状況で、あるミッションの遂行者に元エンジニアの男が大抜てきされる。そのミッションとは、宇宙で新たに発見された未開地へ旅立つというものだった。地球に残さねばならない家族と人類滅亡の回避、二つの間で葛藤する男。悩み抜いた果てに、彼は家族に帰還を約束し、前人未到の新天地を目指すことを決意して宇宙船へと乗り込む。(シネマトゥデイより)



■映画『インターステラー』オフィシャルサイト


 配信にてレンタル、字幕。
 ポイントを使ってほぼタダで見られたくせに見終わって数時間後にBlu-rayをポチってしまったのですが、とりあえず1回見た感想をざざっとまとめます。(それでも十分長いけど…)今からBlu-rayで見直す気満々なので、リピートしているうちに感想が多少変わるかもしれませんが。


 初めて見るのに、いい意味でなつかしい映画でした。久しぶりにこういう映画を観たなあというノスタルジーを感じながら、気持ちのいい余韻とともに見終わりました。
 こういう映画、大好きです。
 実は予告篇すら見ていませんでした。(この半年映画館に行けるような状態ではなかったということもありまして)風のうわさで聞いていたあらすじくらいでしたが、それも正解だったかもしれません。

 宇宙、天体物理学の用語がほぼ何の説明もなく矢継ぎ早に出てくるので、「難解だ」という感想も見かけましたが、そんなことはないと思います。
 自分が宇宙番組やSFが好きなので、初めて聞く用語や概念、設定などはなかったせいかもしれません。が、それを差し引いても、用語や設定はマクガフィンだくらいに考えて「そういうことになっとるらしい」くらいでも全然だいじょうぶな作品だと思います。
 もちろん、概念として知っておく方がすっと入ってくる、おもしろく見られるというものはあります。特に、いわゆる「ウラシマ効果」はドラマを盛り上げるために一役も二役も買っているので、知っておいた方が楽しめるでしょう。


 以下、見終わった方向けの完全ネタバレですので、未見の方はここで回れ右推奨。
長いよ!









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by n_umigame | 2015-05-21 21:23 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)