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*さいはての西*

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『ジャンピング・ジェニイ』 アントニイ・バークリー著/狩野一郎訳(創元推理文庫) 東京創元社

屋上の絞首台に吊された藁製の縛り首の女―小説家ストラットン主催の“殺人者と犠牲者”パーティの悪趣味な余興だ。ロジャー・シェリンガムは、有名な殺人者に仮装した招待客のなかの嫌われもの、主催者の義妹イーナに注目する。そして宴が終わる頃、絞首台には人形の代わりに、本物の死体が吊されていた。探偵小説黄金期の雄・バークリーが才を遺憾なく発揮した出色の傑作。(Amazon.jp)



ワーッハハハハ!! (゚▽゚*)ノ彡☆バンバン!! ひー(ノ∇≦、)ノ

はー、笑った笑った。
何ですか、この、ブリティッシュ魂炸裂の超弩級ブラック・コメディは。
ラスト一行、読むなり、腹筋6つに割れるか思いましたよ、もう。笑いすぎて。

アントニイ・バークリーは『毒入りチョコレート~』と『試行錯誤』が積ん読になっていたのですが、反省しまして、今からほかの作品も読みます!

さて、『ジャンピング・ジェニイ』ですが。

↓何を書いてもネタバレになりそうなので、以下、もぐりますね。























たくさんの「ミステリ的要素」をてんこ盛りにして、それを最後に全部ひっくり返すという、まるでドリフコントのような作品でした。
最初の、殺人(らしきこと)が起こるところは倒叙ものなのかなと思わせておいて、名探偵はそれを解決できず、さらに「最後の一撃」ものの傑作という、メタレベルでも作中のレベルでも多重構造の作品になっています。

一番大きな骨子はやはり、名探偵が導き出した解だけが唯一の正しい解決である、という謎解きもの…いわゆる「本格ミステリ」に対するアンチテーゼ、そして、強烈な皮肉にもなっているところでしょうか。
なおかつ、本作の「名探偵」ロジャー・シェリンガムは紙一重で犯罪者、いやむしろ、犯罪者以外の何ものでもないよアンタ、という大爆笑な探偵なのですが、「本格ミステリ」に登場しがちな「名探偵」はこのロジャー・シェリンガムと本質的に何も変わらないだろう? という作者の声が聞こえてきそうです。

たしかに、こういう「名探偵」は「黄金期」にたくさんいますよね。(笑)

自分の推理の都合の良いように、証拠を隠滅したり、しかも自意識過剰で、シェリンガムが「これは名探偵である自分に対する挑戦だ」とか考えて得意げに推理を開陳したら自分が犯人扱いされるところも大爆笑でした。
確かに、「やらなかった」ことを論理的に説明することは非常にむずかしいですよね。だから世に冤罪ははびこるとも言えるわけでして。

解説には「女性の描き方がひどい」といった主旨のことが書かれてあったのですが、別にそんなにひどい描かれようではないと思います。
被害者は、作中何度も言及されているように、病院送りにするほどではないけれども周囲から”イカレている”と思われている女性なのですが、今で言えば、きっとこれは「境界性人格障害」(いわゆるボーダー)の人なのでしょう。
それで、「こんなヤツ死んで当然だ、というキャラクターが死ぬ」のがバークリー作品の特徴であるそうなのですが、上述したように、境界性人格障害の人ははたして「死んで当然」と万人が思うかということで、ここでひっかかってしまうと、この作品は笑えないですね。

ただ、この被害者の描かれ方はある意味とても非常に現代的だなと感心しました。
病理的に狂っている場合は病気ですので、治療するなり入院させるなり周囲も打つ手があるわけですが、「性格が悪い」というのは病理学的には病気と言えないわけで、周囲も打つ手がなく、にも関わらず周囲の人は非常につらい、あるいはこの作品のデヴィッドのように非常にみじめな思いを強いられるわけで、その毒がボディブローのようにだんだんとしみてき、「いっそ死んでくれたらせいせいするのにな」と考えるようになる、というのはわかる気がします(笑)。

「黄金期」のミステリの被害者は、巨利を貪る悪徳弁護士であったり、いたいけな少女を監禁する冷酷な老人であったりと、「社会的にもわかりやすい、死んでも当然なやつ」だったりするのですが、この『ジャンピング・ジェニイ』の被害者のように「ドメスティックな、社会的にはわかりにくい、死んでも当然なやつ」は、読者の身近に実際にそういう人がいるか、いない場合は”こういう人が実在した場合どれくらい不愉快か”ということが想像できる想像力に左右されると思います。
ですので、この作品を読んで不愉快だった、どこがおもしろいのかわからない、という感想もちらほら見かけたのですが、「ジョークのための記号としての殺人」と解釈できないと、やっぱりひどいと思いますよね(笑)。
むしろ、「ひどいんじゃないの」と思った方はとてもまじめでいい人なんだろうと思います。

この作品を作中からの引用で一言でまとめると、
「冗談から死体」。
これに尽きると思います(笑)。


ところで、このロジャー・シェリンガム、作中でピーター・ウィムジイ卿と友達だと言っていて、確かに同世代なので、さらに大笑いでした。(おそらく階級も同じなのでしょう)
by n_umigame | 2009-11-08 16:56 | ミステリ