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*さいはての西*

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『五番目の女』上下 ヘニング・マンケル著/柳沢由実子訳(創元推理文庫)東京創元社

あらすじは以前当ブログでアップさせていただいたため、こちらの記事をご覧下さい。

真夏の連続殺人事件が終わった後、父親の念願だったイタリア旅行にヴァランダー父子そろって出かけるところまでで前作は終わっておりました。
今回はその続きからです。

ちょっとネタバレを含みますので、ご注意下さい。


















険悪だった父親との仲も少しは改善して、父親がどんなにイタリア旅行を楽しみにしていたかを知ったヴァランダーは、自分もその旅を楽しんでスウェーデンに帰国。職場の同僚に「日焼けが良いですね」と言われてちょっぴりうれしいヴァランダーさん。何せ陰気な人なので、ご機嫌な描写が出てくると読んでいる方も思わずほほえんでしまいます。
けれども、スウェーデンの短い秋が駆け抜けるように初冬へと向かう中、新たな殺人事件が発生。
残酷な殺害方法に楽しかった旅の思い出も消えてしまい、捜査も遅々として進まない中、ヴァランダーの父親が誰にも看取られることなく急に亡くなってしまう。それを悲しむ間もなく、事件は連続殺人事件の様相を呈してきて…。

という具合に、今回も鬱々とした雰囲気の中で物語は進んでいきます。

ミステリとしては部分部分の伏線が回収されておらず、「あれはなんだったの」という取り残された感が読後に残るのですが、物語としてはおそらく著者のスウェーデンが抱える社会問題の提起という意味合いがあったのだろうと思われます。

物語は1990年代半ばなのですが、犯人をなかなか逮捕できない警察に業を煮やした市民が「自警団」を結成。この「自警団」は排他的で多分に差別的な要素を含む危険な団体であることが多かったようで、「法治国家で警察以外の組織が私的に誰かを罰すること」にヴァランダー以下警察官の皆さんは強い憤りを表明します。
ヴァランダーの心配したとおりのことが起きてしまい、視力が弱い人物が夜、誤って迷い込んだ土地で自警団によって半殺しの目に遭ったり、同僚のマーティンソンの娘が「父親が警官だから」という理由で、学校でこづかれたり転かされたりといった暴力を受けます。目に入れても痛くないほど可愛がっている娘が自分のせいでひどい目に遭ったことで、すぐさまマーティンソンは「仕事辞めます」と言い出すのですが、そう言われたヴァランダーもつらくて仕方がありません。

娘のリンダになぜこの国に暮らすのはこんなにむずかしいのだろうと問われたヴァランダーは「それはわれわれがくつ下をかがるのをやめてしまったからじゃないだろうか?」と答えます。
不可解な顔をしたリンダにヴァランダーはさらに説明します。
自分が育った時代のスウェーデンはみんな穴が開いたくつ下をかがっていた時代だった。学校でかがり方を習ったのを覚えている。そのうちみんなそれをやめてしまい、穴の開いたくつ下は捨てるものになった。
それがくつ下のことだけだったらよかったけれど、古くなったものを捨てるのは、社会全体の風潮になってしまった。いろいろなものに広がってそれがモラルのようになってしまった。
なにが正しくてなにが間違いか、ほかの人に対してなにをしていいか、なにをしてはいけないかという価値基準を変えてしまった。
多くの人が、リンダのように若い人たちは特に、自分の国にいながら必要とされていない、それどころか歓迎されていないように感じている。それが暴力や攻撃といった行為を招いている。
そういった若い世代の人々、あるいはさらに続く世代の人々は「われわれはくつ下も人間も使い捨てにするような国ではなかったことを知らないのだ」と。

連続殺人犯人を逮捕して、犯人の動機が家庭内暴力によって女性を虐げていた(あるいは殺害してしまった)男性であることから、犯人も「自警団」のように「警察の手によらない罰」を暴力によって与えることだったことから、ヴァランダーは不安を感じます。
おそらく答えは出ないだろうとしながらも。

ヴァランダーは犯人の遺書となった記録を読んで、
「決定的に重要なことはたった一つの問いに象徴されると思った。それは、われわれは子どもにどう接しているか、ということだ。」
と思います。

犯人は手がかりを残しながら、本当は見つけてほしい、止めてほしいと思っていたのではないだろうかと考えるヴァランダーが良いです。

これだけ残虐な殺人を犯しながらも、その動機も慮って犯人の心情を理解してみようとつとめるような心優しいところもあるヴァランダーさんですが、遠距離恋愛中の彼女・バイバに対しては子どもかよ、と思うようなことをしでかしたり、同僚が撃たれてトイレで泣いたりと、相変わらず愉快なヴァランダーさん。
ドメスティック・ヴァイオレンスについて考えるという意味でも読み応えのある1冊でした。


ところで、WOWOWでケネス・ブラナー版の「ヴァランダー」がこの秋放送が決まったそうで、今回の『五番目の女』も含まれているそうです。
見てみたいのですが、WOWOWに加入していません。これだけのために加入するほどモチベーションも上がらないので(元々ケネス・ブラナーがちょっと苦手でございます。すみません…)ご覧になった方、またご感想をお聞かせください。

「WOWOWプレミア 刑事ヴァランダー2 白夜の戦慄」
……。
だから、なんで、海外ドラマや洋画の邦題つける方たちって、こんな「火サス風」なタイトルが好きなんですか。
by n_umigame | 2010-09-20 16:02 | ミステリ