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*さいはての西*

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『シャーロック・ホームズの誤謬』ピエール・バイヤール著/平岡敦訳(東京創元社)

ホームズの推理は間違っていた!
『アクロイド殺害事件』に続き、『バスカヴィル家の犬』を俎上にのせ、フランス論壇の雄・バイヤールがシャーロック・ホームズに挑む。(帯より)


サブタイトルは「≪バスカヴィル家の犬≫再考」とあります。

テキスト論の本なので固いタイトルを付けられたのだと思いますが、内容からは『ホームズはまちがっていた!』くらいのノリでよろしかったのではないかと思わないでもないです。

以下の作品のネタバレがあります。
犯人やトリックなどを割ってしまっていますので、未読の方や、ミステリ作品のネタバレをするヤツには殺意を覚えるといった方はご注意ください。本で人生棒に振ってはいけません。

『バスカヴィル家の犬』
その他ホームズものの短篇、かなりいろいろ。
以上コナン・ドイル。少なくともホームズものは全部読んでいることをオススメいたします。どこに地雷があるかわかりません。

『アクロイド殺人事件』(『アクロイド殺し』)
『ゼロ時間へ』
以上アガサ・クリスティ。

『ハムレット』(←念のため^^;)
もちろんウィリアム・シェイクスピア。

『アクロイドを殺したのはだれか』がおもしろかったので、こちらも読んでみました。
ちょうど『アクロイド~』を読んだ頃はエラリイ・クイーンにはまってまだ日が浅く、探偵が犯人を自殺に追い込むといったことに疑問を感じていたので(それは今もです)「もし探偵がパラノイアだったら?」という仮説はとても刺激的で楽しい論でした。

ただ、バイヤールの論は、もろもろの”名探偵”ファンを、きっと敵に回したに相違なく(笑)。
特に本格ミステリやパズラーと呼ばれるエンタテインメントは、いわば閉じられたテクストであり、「それは言わない約束」になっていることも含めて非常に「お約束」の多い、形式的な文学であります。(舞台演劇と親和性があるのも偶然ではないでしょう。)
この決められた形式、あるいはルールや制約の中でのみ展開する物語がおもしろいと思うか、閉鎖的で牽強付会、現実的に妥当性が乏しく(テクストは閉じているのですから当然なのですが)魅力がないと感じるかは、人それぞれだと思います。
いかに閉鎖性やこじつけ、妥当性の低さを感じさせないように”見せる”かは作家の腕にかかっているのですが、こと本格ミステリのスタイルを採れば、程度問題であることは間違いありません。

そしてあくまでもテキスト論が基幹をなすものですので、ミステリとしてのネタバレに対する配慮はいっさいなされていません。
これもミステリファンの憎悪を煽ったようです(笑)。

それでは以下、ネタバレ感想です。











今回は『バスカヴィル家の犬』の真犯人は誰か、ということをバイヤールは推理していきます。
まず、「ホームズって現実に合わせて、臨機応変に対応/行動できないよね?」「ホームズって推理いっぱい間違えてるよね?」という指摘が、がしがしと入ります。それはもう微に入り細に渡り、ここで短篇のネタバレ・オンパレードになります。

「ホームズの手法から導きうる結論の幅は、名探偵が行っているよりもずっと広いのだ。」

「ホームズの推論は多くの場合、統計的な頻度に基づいている。しかし頻度とは蓋然性を示すにすぎないのだから、決して現実を確定するものではなく、つねに例外の可能性が残されていることを、ホームズの推論は考慮に入れていない。」

「ホームズの手法は抽象のうえでは完璧に、とてもエレガントに機能するが、警察が直面している個々の複雑な問題を解決するには必ずしも適当ではない。」

と述べます。

ここでいきなりツッコミたくなるお気持ちはわかります。
ミステリは閉じた世界の中で、与えられた条件をすべて加味、あるいは要不要を峻別して結論を導き出すものですから、「そんなこと言われてもなー…」と思いますよね。わたくしも思いました(笑)。
そして「あーあ、王様は裸だって言っちゃったよこの人。」と(笑)。
名探偵が警察とソリが合わないのは、物語の中では警察より名探偵の方が優秀/あるいは真実を導き出すのが名探偵だからですが、現実ではそんなことは起こりっこありません。
引きこもりがち(笑)の一個人より、訓練された人材、予算、資材、情報網、権限を潤沢に使える組織の方が犯罪に対して、相対的に優秀な仕事をするに決まっています。

でもその「それは言わない約束」をあえて言うところがバイヤールの良いところです(笑)。

バイヤールはまた、ホームズが実際には解決していない事件が数多くあり、真犯人が法の裁きを受けずにほくそ笑んでいる可能性があることを指摘しています。

そして

「捜査を始めさせるなら、シャーロック・ホームズほど適任者がいるだろうか? 何しろ探偵のなかの探偵だからして、その存在だけで謎を喚起し、疑り深い性格と絶対に間違わないという自信によって、どんなに平凡な出来事も殺人事件に仕立てあげてしまう。」

「こうしてホームズはありもしない殺人事件にお墨付きを与えただけでなく、自らその形成にひと役買ってしまい、盲目的な共犯者として真の殺人に手を貸していたのである。」


と、「犯人によって操られる探偵」の原型を、『バスカヴィル家の犬』に見ています。

「論理的なロボットはその論理さえわかれば簡単にだますことができる」と言ったのはダグラス・アダムズ、「ロボットは論理的だが妥当性(常識)がない」と言ったのはアシモフでした。
自分の知性の及ばないところがあるかもしれない、という謙虚さこそが本当の知性だとおっしゃったのは内田樹さんですが、「自分は何でも知っている、神の視座に立ったと思っている人間が一番知りたくないこと。それは、おまえは真実を知らない、真に神の視座に立つのは第三者だ、ということだ。そうすると人は”それ以上知りたくない”と自ら無知の位置にしがみつく」とも。

いわゆる”名探偵”の論理、現実問題への妥当性の低さ、自身の知性への慢心から自ら無知に陥るという危険性を点いて、バイヤールは『バスカヴィル家の犬』の真犯人を指摘します。

ここまで読んでいると、バイヤールは名探偵が嫌いなのかな? と思われますよね。
「ホームズ・ファンの中には、まるで虚構の世界を住処と定めたかのような輩も珍しくない。」とまで言われてしまっています。(バイヤールさんそれホームズファンにとどまりません(笑)が、それはさておき。)

でもバイヤールは、虚構の世界の人物はこちらからあちらへも行けるが、あちらからこちらへ影響を及ぼすこともある。その影響を過小評価してはいけない、と説きます。
これだけ根ほり葉ほりテキストを読めるのですから、バイヤールさんはホームズが大好きに違いありません(笑)。
by n_umigame | 2011-07-18 17:04 |