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*さいはての西*

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『推理作家ポー 最期の5日間』(2012)

原題は"The Raven"。

米国ボルチモア、1849年の秋。密室で惨殺された母娘の遺体が発見され、現場に駆けつけた刑事フィールズは、数年前に発表された推理小説「モルグ街の殺人」を模した事件である事を見抜く。作者であるエドガー・アラン・ポーは数々の詩や小説で成功を収めたものの今では創作の筆は折れ、酒に溺れる日々を送っていた。ポーの作品を模倣した殺人事件がさらに連続して発生し、最愛の恋人エミリーが誘拐されてしまう…。
(goo映画)



原題はアメリカ文学史で必ず出てくる、エドガー・アラン・ポーによる詩『大鴉』ともかけているのでしょうが、不吉さのシンボルでもあります。『大鴉』は一度聞いたら忘れないインパクトがある詩であります。

この作品は、ポーの謎めいた死を、ポーの小説を模倣した殺人事件が次々と発生した、という設定とからめてひとつのお話にした映画でした。
ポーが今際に繰り返したという「レイノルズ(Reynolds)」という言葉、あるいはそれは「主よ、この憐れな魂をお救いください(Lord, help my poor soul.)」という意味だったのかもしれないと言われているそうですが、この謎の言葉に対するひとつの仮説にもなっています。(しかし、ネイティヴ・スピーカーにとってRとLってかなり違う音に聞こえるんじゃ…???)


作中、モチーフになった作品はだいたい以下の通りです。

『モルグ街の殺人』
『落とし穴と振り子』(未読)
『赤死病の仮面』(未読)
『マリー・ロジェの謎』
『アモンティリヤードの酒樽』(未読)
『早すぎた埋葬』?(未読)
もしかして『黒猫』?
もしかして『ウィリアム・ウィルソン』?

もしかしての作品はわたくしがもしかして?と思っただけで、作中明言されたわけではありません。ご了承ください。
以下、映画の感想ですが、上記の作品のネタバレをしていますので、未読の方はご注意ください。映画の方も犯人を割ってます。
















とにかく、この映画を作った人はポーおたくだということはよーくわかりました(笑)。
上の作品をこれでもかと詰め込んだはいいけど、ミステリーとして見ると物語の展開上「それ、要るの?」という部分があまりにも多いです。
せっかくの材料が全部有機的に結びついていない感じです。

ポーの作品ひとつひとつに対してきっと思い入れがあり、その良さを伝えたいと思われたのかもしれないのですが、いかんせん、あれもこれもと味の濃い物を一皿に盛ったせいで、結果的にどれもよく味わえなかったということになっていました。
また、その見せ方がグロテスクでショッキングに過ぎ、確かにポーの作品をまんま映像化すればこうなるのかもしれませんが、ポーの作品の持つ、あのかび臭いじめっとした臭いが足下から上がってくる感じ、薄暗くて全体がよく見えないんだけど、その闇の中に何かいそうな感じ、見えない恐怖を「感じさせる」という面は表現できていなかったように思います。
要は直球すぎです。
こんなにハラハラするシーンが続くのに途中で眠たくなってしまいました。
元から眠かったのですが、山場ばっかりのジェットコースターみたいな感じで、つまりはそれ起伏がないってことだろと。上げるところで上げ、落とすところで落としてくれないと。
犯人当てのミステリーとしては、ちょっと破綻しているかも。

以下箇条書きで。

・ポーの今際の言葉「レイノルズ」は、犯人が高飛びするときに使った新しい名前だったというオチなのですが、軽く流すようなふりをしてちゃんとポーの遺言となった言葉を受け止めて、きっちり仕事を終わらせるフィールズ警視正(ルーク・エヴァンス)が男前でした。
・どうでもいいけどフィールズ警視正がタフガイすぎて笑いました。
・科学捜査を重んずるクールな刑事で、「髪の毛が磁石にひっぱられるのはなぜか」という最初の方の彼のつぶやきが真犯人を割り出す決定打になります。

・フィールズ警視正の部下でナントカ警部(名前忘れました、すまん)の顔どっかで見たなーと思っていたら、イギリスの刑事ドラマにしょっちゅう出てらしたJimmy Yuillさんでした。おなつかしや。
『フロスト警部』とか『ダルジール警視』とか『リンリー警部』とか、ゲスト出演が多いですが、昔『刑事ウィクリフ』ではレギュラーでした。

・死亡フラグが立ったのがわかりすぎな若い警官(ジョン)がかわいそうでした。

・それから犯人ですが。

・動機がよくわかりません。
・ポーの大ファン…もう文字通りマニアだというのはわかりますが、こんなに手の込んだことを一人でやり遂げるというのは物理的に可能なのかと。
・邦題が絶賛ネタバレなのですが、これはポーが死ぬまでの5日間に起こったできごとということになっているのです。
・最後は「だってサイコだもん。あばよ!」という感じで、サイコの一言でこのとっちらかった所行を片付けんなよと。(当時は今で言う「サイコ」という言葉がなかったようで別の表現でした)
一植字工のときと犯人ですとカムアウトしたときの表情の違いとか、役者さんがビバ!だった分、もう少し見せようがあったんじゃないかと。
・サイコの役って楽しいんだろうなあ。
・「フランスにジュール・ヴェルヌっていう作家がいるんだ(いい笑顔)」は、次はヴェルヌの作品の模倣をしようという魂胆だったってことですか。そいつはまた壮大にファンタジックな仕掛けが必要ですよね。
・もしかしてお金持ちなのか。

・印刷所の地下に床板あんなにバリバリはがさないと入れないんだったら、犯人はどうやって出入りしてたんですかねえ…。

・犯人が模倣したとされるポーの小説。
・『モルグ街の殺人』
密室でひどい状態の遺体が発見される。原作の犯人はかの有名なオランウータンですが、この映画では出てきませんでした。犯人がやったってことですかね。そうすると「親指から人差し指まで20cm」という条件が合わない気がするんだけどどうですか。

・『落とし穴と振り子』(未読)
あの機械仕掛けの死に神の大鎌みたいのが出てくるらしい。

・『赤死病の仮面』(未読)
夜の12時に死のような扮装をした男が入ってきて、彼は文字通り「死」だったというお話らしいですが、映画作中一番「(;」゚□゚)」 オーイ!! 」となったシーン。
エミリーが誘拐されるのですが、あれだけ警戒しててあっさり掠われすぎだろ。
原作の舞踏会のホストである王の名は「プロスペロー」ですが、シェイクスピアの『テンペスト(嵐)』の魔法使いの名前でもありますね。このあたりは何か関連があるのかな。

・『マリー・ロジェの謎』
ポーの作品がどうと言うより、「手に塗りたくられた血(実は舞台の小道具)」というところがポイントだったくさいです。
「手に血」→上演中の『マクベス』(マクベス夫人のセリフ「おお、消えてしまえ、このいやな血!」)というところへ話を持って行きたかったのかな。犯人が蒔いたヒントとして。…にしてもなあ。うーん。いや。いらんだろ、ここ。(おいおい)

・『アモンティリヤードの酒樽』(未読)
船の名前がヒントになっていたらしい。

・もしかして『黒猫』?
地下下水道の壁の裏に女性の遺体。
しかし下水道を闇雲に探して、あんな短時間でよく見つけたなあ。犯人とニアミスするも取り逃がすというシーンを入れたかったのかもしれません。…にしてもなあ。うーん。いや。いらんだろ、ここ。(おいおい)

・もしかして『ウィリアム・ウィルソン』?
ドッペルゲンガーをテーマとした小説なのですが、もしかしてこれが意外とこの映画の隠しコマンドだったのかなと思いました。
ドッペルゲンガーがテーマの作品は古今いろいろとありますが、特徴的なのは、ドッペルゲンガーがやがて主人に取って代わる(主人の方は死ぬ)ということです。
最後の犯人との対決シーンで、犯人が「わたしを作ったのはあなただ」とポーに向かって言います。
この世界を作ったのはあなたかわたしかと。
ここでポーはポーが作った分身だと言う犯人に言われるまま毒薬を仰ぎ、殺されてしまいます。
「(恋人の居場所を教えてくれるはずなのに)約束が違う」とポーは憤りますが、ポーが死んだらエミリーを助けるとは一言も言ってなかったと思うし、そんな約束をして守るタイプの犯人とは思えません。
おのれの生み出した分身に殺される、というのはミステリー小説でも「探偵が生み出した犯人」というテーマで繰り返し語られてきています。

『ウィリアム・ウィルソン』では、ドッペルゲンガーによって主人の狂気が暴かれてゆくといった内容だったと思うのですが(読んだのが昔でうろ覚えで申し訳ない)、この映画のポーと犯人の関係が似ているように思います。
つまり、あくまでフィクションの世界として描き出されるポーの数々の作品は、まぎれもなくポーの一部であり、それはポーの狂気…といって語弊があれば、精神的な世界を映し出したものではないのかと。
その世界の住民であると言い張る犯人は、そういう意味ではポーの虚構の世界なくして生まれなかった怪物であり、ポーの分身ではないのかと。


そんなこんなで、それなりに深読みするとおもしろい映画ではあるのですが、純粋にエンタテインメントとしてよく作り込まれていて無駄をそぎ落とした作品とは言いがたいです。
ポーの作品だけでなく、作家ポーにも興味のある方にはそれなりに楽しめる面がある映画ではあると思います。

いきなり雰囲気ぶちこわしなMTVのPVみたいなエンディング・クレジットが入るのですが、あれは何なんでしょうか。『クラバート』を見たときも思いましたが、ヨーロッパの映画はこういうのが流行なんでしょうかねえ。

あと、パンフレットはこれまで映画化されたポー作品の一覧が載っていて、ちょっとしたガイドブックとしても使えそうです。
by n_umigame | 2012-10-15 18:47 | 映画・海外ドラマ