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*さいはての西*

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『厭な物語』アガサ・クリスティーほか著/中村妙子ほか訳(文春文庫)文藝春秋

古今のイヤな名作短編を精選! 読後感最悪。

クリスティーやハイスミスのイヤミスからロシア現代文学の鬼才による狂気の短編まで、後味の悪さにこだわって選び抜いた名作短編集。
(出版社HP)


この本、書店に行きましたら文庫の新刊コーナーに複数冊面陳されていたのですが、横にぐちゃっとスライドして水平エグザイル状態になっており、カヴァーのお人形の青い目がこっちを複数で見ていて、手に取るのに躊躇しました…。
自然にそうなったのかわざとかわかりませんが、わざとだったとしたら、書店さん、売り方巧妙すぎです。怖すぎるだろ!

収録されている作品を書くとそれもある意味でネタバレになってしまいますので、もぐります。
読み終わった方向けの完全ネタバレですので、ご注意ください。

厭な気分を新鮮に満喫したい方は、こんなブログ記事なんぞ読んでないで、今すぐ本屋さんへゴー。
本の仕掛け(編集)から、最初から最後まで解説を含めて一気読みされることをオススメいたします。















■「崖っぷち」アガサ・クリスティー
もしかすると「え、アガサ・クリスティーが厭なお話なんて書けるの?」と思われる向きもあるかもしれませんが、『春にして君を離れ』などを読めばクリスティーが一級の「厭な物語メーカー」であることは伺えます。
このお話は、『春にして君を離れ』の主人公がもし自分の偽善に自覚的だったらこうなったかも、という結末で締めくくられています。

■「すっぽん」パトリシア・ハイスミス
お次はP・ハイスミスですかそうですか…。
アンファン・テリブルものと言えなくもないのですが、問題があるのはこの独善的で支配的な母親で、子どもがしたことはその結果にしか過ぎません。
そのきっかけになるのが、なぜすっぽんなのか。すっぽんの目って怖いですよね。だからかな。

■「フェリシテ」モーリス・ルヴェル
時代背景を考えると「厭な話」というより悲劇的なお話という印象でした。
女性が仕事を持てなかった時代の悲惨さも感じます。

■「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」ジョー・R・ランズデール
これは厭な話。
精神的に厭だというのもさりながら物理的にビジュアルがキタナイよ。言葉もキタナイし。
アメリカの田舎の話は、これに限らず「うわぁ…」という話がありますよね。映画で言うと『ミスト』もそうだし(あれはアメリカの村社会の縮図だと思います)、うっかり見た『マディソン郡の橋』とか『夜の大捜査線』(←タイトルからもっとマッチョな刑事ものなのかと思ってた)とかですね…。

■「くじ」シャーリイ・ジャクスン
既読。
これもアメリカの村社会的イヤーなお話なのですが、日本も他人事とは思えないところが怖い。むしろ日本の方が常態化しているかも。
早川書房の「異色作家短篇集」というシリーズがありまして、最初(お高いし)スタージョンだけ買って読むつもりが、結局ほぼ全部そろえてしまったという中毒性のあるシリーズです。
S・ジャクスンはこの短篇集でファンになってと言うか呪いがかかって逃げられなくなったというかで、既訳が出ている作品はほぼ全部読んでいます。自称・他称とも「魔女」と呼ばれていたそうで、納得の作家さんであります。

■「シーズンの始まり」ウラジミール・ソローキン
『青い脂』の評判を漏れ聞いている限りですが、なんと申しますか、とんでもねえ作家さんのようです。読んでみたいような一生関わり合いになりたくないような…と思っていたところへこの短篇集が出ましたよ。
平然と何しやがるんだという作品でした。ほかの長編作品はやはりよほど気力体力とも充実しているときに。この人の世界に長いこといると、そこから出られなくなりそうで怖いです。

■「判決 ある物語」フランツ・カフカ
カフカ怖いよカフカ……。
例えるならば、レストランに行っておいしいお肉料理をいただいたとしますね。それでコックさんに「とてもおいしいですね、これ何のお肉ですか?」と尋ねたら「本当に知りたいですか」と聞き返されるような怖さです。(よけいわからんわ)
このお話は額面通りに捉えるとユーモアさえ感じさせるのですが、もし、語り手しか存在しない(父親も婚約者も語り手が<いる>と思いこんでいるだけだったら?)と考えたら、恐ろしくていてもたってもいられませんでした。
父親も婚約者もサンクトペテルブルクに行った友人も何かのメタファであって、それを抱えきれなくなった語り手が自ら破滅するという物語なのかなと。

■「赤」リチャード・クリスチャン・マシスン
『アイ・アム・レジェンド』『運命のボタン』『リアル・スティール』などの作者リチャード・マシスンの息子さんです。
もしかしたら息子さんの小説を読むのは初めてかもしれません。
バッドエンドというかバッドビギニングというか、そういったお話ですが、うん、お父さんの作品ほどクレイジーじゃないです。(←ちょっと)

■「言えないわけ」ローレンス・ブロック
書いてる途中で眠くて失神して、それを忘れたまま原稿出版社に送っちゃった★みたいな作品でした。いっそセリフの途中で止めるというのも手だったんじゃないのかしらと思いました。
物語の展開として「厭な話」というわけではなく(いや物語も厭な話なんですが)、おしりが坐らなくて気持ちが悪いという手法の問題で厭な話でした。
読んでいてふと、「サイコパスは人間的にとても魅力的な人が多い」という話を思い出しました。「詐欺師にだまされる人とだまされない人の違いは、実際に詐欺師に出会ったか出会わなかったかの違いだ」という話も。

■「善人はそういない」フラナリー・オコナー
おばあちゃん無双。
大迷惑という意味で。
アメリカの南部には実際にこういう人がたくさんいるんでしょうね。クリスティーの作品に登場する「タチの悪い無邪気で善良な婦人」に通じるところがあるようにも思います。


ここで解説が入ります。
本の編集が秀逸ですよね。


■「うしろをみるな」フレドリック・ブラウン
既読。
最後にこれですか。
未読の方はぜひ最初から通読してください。お風呂でシャンプーしているとき、途中でふと、後ろを確認したくなる衝動を覚えることうけあい。
F・ブラウンも、坂田靖子さんがアンソロジー『フレドリック・ブラウンは二度死ぬ』後書きで「××××はブラウンですね」と書かれているように、サイコさんを書かせれば一級品です。しかも、どこまでが健常でどこから狂ったのかわからないところが秀逸。
人間が正気を失うとき、こんな感じで一線を越えてしまうものなのかもしれません。

この短篇集が気に入った方で未読の方は早川書房の「異色作家短篇集」もオススメします。
by n_umigame | 2013-02-18 21:52 |