『その部屋に、いる』S・L・グレイ著/奥村章子訳(ハヤカワ文庫NV)早川書房

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その部屋には、何かがいた…。強盗事件のトラウマに苦しむ夫婦は、気分転換にパリ旅行を計画する。節約のため、泊まるのは現地の住人の家だ。しかし、到着してみると、待っていたのは、どことなく不潔で陰気な部屋だった。不安をおぼえつつも、パリでの滞在を楽しもうとする二人を、やがて異変が襲う。どこかから聞こえる子供の泣き声。警告する老女―はたして二人は生きて帰ることができるのか。戦慄のホラー登場!
(Amazon.jpより・書影も)


全面的にネタバレしていますので、未読の方は回れ右でお願いします。










「ハウススワッピング」というシステムがあるそうです。
読んで字のごとくで、旅行や長期出張などの何らかの理由で自宅を一定期間空ける人どうしが、それぞれの家を交換して利用するという制度だそうです。
日本でも民家を宿泊施設として提供する民泊の制度を、最近ニュースなどでもよく耳にするようになりました。
しかし、民泊のニュースでも、家をきれいに使わない、犯罪の温床になるなどといった問題が取りざたされているように、おそらくハウススワップにも似たような問題やトラブルが発生しているのではないかと想像します。


事の起こりは、南アフリカです。
南アに住んでいる夫婦が、自宅で強盗の被害に遭います。
アフリカはどこの国も治安があまりよくないという話は聞きますが、自宅に押し入り強盗というのは本当に怖いと思います。本来なら一番くつろげるはずの場所が、トラウマになってしまうのですから。
おかげで夫婦は、自宅にいても、小さな物音にもおびえる生活を送ることになってしまいます。

それだけでも十分つらいのですが、元々夫は情緒不安定ぎみ。大学の教員だったものの仕事を失い、妻も専業主婦で家庭の収入が厳しい状況です。(2歳になる娘がいるのですが、この夫婦、なぜだかあまり小さい子どもがいる夫婦のように見えませんでした)
経済的に余力があれば、賃貸でもいいからせめて引っ越すとか、ゆっくり次の仕事を探すとかできたかもしれませんが、お金がないこともこの夫婦を心理的に追い詰めています。
「お金は人間を幸せにはしないが、不幸を遠ざけておくことができる」とは内田樹さんの本で読んだ言葉ですが、まったくそのとおりだと思います。
逆に言うと、お金がないばっかりに呼び込んでしまう不幸というものが、悲しいかな、この世にはあるということです。

この小説はその典型で、お金がないためにほかに選択肢がなく、引き返せなくなってしまったことで、何か良くないものを引き込んでしまいます。
夫婦は友人の、押し入り強盗が入って落ち着かない自宅にいるよりは、旅行でもして気分転換してきたら? というアドバイスを受けて、妻が行きたかったパリに行くことにします。
ところがこのパリのアパルトマンが、ハウススワップの情報サイトに掲載されていた写真とはイメージが全然違う、かび臭くて不衛生な部屋でした。それだけでなく、内部を改めると、人の髪の毛のかたまりやらなにやら、次々と不気味なものが出てきたりします。
こんな見るからに怪しい部屋には近寄らずに、ホテルに滞在すれば難を逃れたのに、お金がないばっかりにほかに行くことができません。航空券も、おそらく格安航空券を使ったのでしょう、リスケができないチケットだとすぐ帰ることもできません。正規料金でチケットを取る余裕はもちろんこの夫婦にはありませんでした。
おまけに同じ建物には、様子がおかしい住人がいて、夫婦の見ている目の前で自殺してしまいます。
南アに帰っても、セキュリティにお金をかけられないので、それが疑心暗鬼を生んで…という展開になっていきます。

身もふたもない感想ですが、「お金さえあれば…」という、ある意味ビンボーくさい小説でした。
ホラー小説としてのしかけより、このパリの不衛生な部屋の描写の方がきつかったです。


最近読んだ小説で近いものは、小野不由実さんの『残穢』です。
登場人物に何か落ち度や悪行があって祟られるのではなく、とにかく運が悪かったとしか言いようがありません。
ですが、『残穢』の方が、ホラー小説としては何倍も怖かったです。
『残穢』は日が暮れたら読むのがいやでしたし(怖いから)、読み終わった本を自宅に置いておくのもいやでした(怖いから)。

何らかの理由でこの何かよくないものに憑かれた人は、次の人にうつすしかないというのも、なんだかビンボーくさい話です。

お金がないのに無理をして海外旅行に行くという発想もちょっとどうなのかなと思いますが、気分転換の選択肢が少ないというのも、この夫婦の不幸だったと思います。
そんな深読みするタイプの小説ではありませんが、あえて考えるなら、この「不幸を人に連鎖させる」というのも、貧乏の問題点なのかなと思いました。
貧困は人生の選択肢を奪います。

この小説を読んで、坂田靖子さんのある作品(漫画)を思い出しました。
平安時代、あまりお金がない下級貴族の夫婦のお話です。
夫はお金がないことを始終気に病んでいて、二言目には「お金がない、お金がない」と言っています。知り合いが結婚するというのでお祝いを、となったとき、夫は「お金がないのに」となるのですが、気立てがよくて聡明な妻は「花一輪でもいいのよ」と言って、気持ちを込めた歌を添えればお祝いの気持ちは伝えられる、「お金のことばかり言うもんじゃないわ」と夫をたしなめます。
夫はお金がないことや、そのために体面を保てないことなどをグチグチ言いながら夜道を歩いていると、邪悪なものが寄ってきて…というお話です。

お金がないのは事実困るとしても、ないならないなりに知恵を絞って少しでも生活を気持ち良いものにしようとせずに、始終、現状に不満ばかり言っていると、なにかよからぬものが心に入り込んでくる、というところは、この小説も同じです。
(とはいえ、お金がないと電気代も払えず、冷暖房が止まると死ぬという現代にあっては、なかなか「花一輪でもいい」と言ってくれた坂田さんの奥さんのようには暮らせませんが)


この小説はすでにスティーヴン・スピルバーグの会社が映画化権を買い取ったそうです。
確かに、小説で読むより、映像でドキドキさせるほうがおもしろいお話かもしれません。




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by n_umigame | 2018-05-28 00:07 | | Trackback | Comments(0)
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