『DEATH NOTE』(全12巻) 大場つぐみ原作/小畑健作画(ジャンプコミックス) 集英社

サイコ・サスペンスの傑作と名高いこの作品、おくればせながら、やっと読みました。

「犯人の側からの殺人」を描く、つまり倒叙型ミステリーであり、徹底した頭脳戦と心理戦であるサスペンスであり、探偵役は情報収集などはほかの人間にやらせて自分は頭脳として動かない、つまりアームチェア・ディテクティヴであるところのミステリーマンガでした。

結末など重要な部分のネタバレをしています。ご注意下さい。

なので、平素ミステリーを読まない人、あるいは人生で初めてこの手のお話を読む人には新鮮だったのかもしれませんが、「己を神と思い上がり、自分の考えを理解してくれない他人、あるいは理解を示して心酔する人間ですら、要するに自分以外の人間はみんなバカだと思いこんでいるバカ」が主人公であるところのシリアルキラーものでありまして、海外の、特にアメリカあたりのこの手の作品をひととおり読んでいる方にとっては、たいへん典型的なアンチ・ヒーローであると思われます。
(少年マンガらしく荒唐無稽なまでに風呂敷は大きくなりますが。また、日本の少年マンガらしく世界中どこへ飛び出して行っても主人公は日本人男性ですが(笑)。)
これがアメリカのサイコものだったらきっと、主人公は父親か母親に何かゆがんだコンプレックスを持ったまま、それを乗り越えられずに身体だけ大きくなってしまった白人男性だったりするのでしょうが(笑)、そのような動機付けはありません。

構成としてはたいへん練れた秀作マンガだと思うのですが、「L」は代替わりする必要があったのかどうか疑問です。初代のまま最後の決戦まで行ってもよかったのではと思いました。
主人公が探偵側であれば、強敵に立ち向かう探偵のビルデゥングス・ロマンとして読めなくもなかったのですが、主人公はあくまでも犯罪者側ですので。

また、正義がどちらにあるかとか、そのような作品ではないように思います。
現に極刑があっても人殺しはあとを絶ちません。
それがどういうことか、おそらく、健康な良識を備えた人にならばある程度頭では理解できることと思います。(自身が犯罪被害者であったりその家族や近親族であったりした場合は、また違うご意見もあろうということは心情的にはわたくしも理解できますが。)
人間一人の生き死にを左右する、ということは、そんな単純な話ではないのです。
(内田樹さんが「話を単純にしたがるのは子どもだ」というようなことをどこかで書いてらっしゃいましたが、自戒も込めて、ほんとうに。)

わたくしは「正義」という言葉があまり好きではありません。
いみじくも作中ニアが言っているように、ある人間が主観的に正しいと思っていることが正義である以上、「正義」などと言い出してそれをふりかざす人間が出てきた時点で、もう、客観性は欠いているからです。
なので、どちらが正義かなどということはどーだっていいです。
それぞれが言い出したらきりがないので。

月はバツグンの秀才で頭がいい、ということになっているのですが、ほんとうに頭がいい人は、自分の知性が及ばないところがあるかもしれないという可能性を常に勘案するという意味で、もっと謙虚です。
少なくとも自分を神か何かと勘違いしている時点で、「どう考えてもそんなやつぁバカだ」ということに思い至らないようであれば、頭がいいとは言えないのではないでしょうか。
この頭でっかちで、理屈だけの理想をふりまわす幼稚さ、自分が「悪」だと決めつけた者を自分で裁くことに何の疑問も感じない感受性の欠落、世界を単純に考えすぎる短絡性、このあたりが本格ミステリにまま見受けられる「名探偵」の戯画のようで、読んでいて「うむうむ。」とうなずいてしまうところが多かったです。個人的にはちっとも月に共感できないという意味で。

そしてきっちり、「己を神と思い上がった男には鉄槌が下る」という、少年マンガであればこの終わり方しかないかと思うのですが、もし月の方がとりあえず勝ち残っても、自分以外の人間を自分の駒としか思っていませんから、要するに全然人間を信頼していないわけで、つまりは独裁者になっていき、『世界征服は可能か?』によると独裁者は述べた理由で過労に陥りやすく(何でも自分でやらないと気がすまない/信頼して仕事を任せることができないから)、やがては自滅する、と、いずれにせよ天下は長続きしないであろうという先行きであったかとも思います。

また、高学歴の人間が狂信的な宗教にはまっていくというのは、1995年に日本を(どころか世界を)騒がせたあの教団の事件を思い出しました。
これも作中ニアが言っていますが、優秀と言ってもそれは学校の成績だけであって、ただのバカです、というのはなかなか痛烈な批判ですね。作者の本音はけっこうこのあたりにあるのではないかと思います。

これだけ情報量の多い作品ですから、月とL/ニア側の丁々発止の頭脳戦/心理戦は、いっそマンガより小説の方が表現媒体としては向いているのではないかとも思いました。新本格系(っていまはもう言わないのかしら)の若手のミステリ作家さんあたりに書いてもらっても良かったのではないでしょうか。
(自分が年を取っただけということは重々承知の上で申し上げますが、読んでいるときはそれなりにハラハラ出来るけれども、読み終わったあと、ああこのキャラクターはいい味だ、良かったなあとか、何度も何度も反芻したくなるような余韻を残す作品に、なかなかお目にかかれないのは寂しいです。)

この作品の救いは、なんのかんの言って月の味方ではない(と本人…人じゃないけど)も言っている、死神のリュークですね。
毎日キャベツでダイエットしてますというパンクのお兄ちゃんのようなルックスも良いですが、コミカルで息抜きになるという面以外に、主人公(そして人間)にとって都合良く動かないという意味でも、人間には不可触/不可侵であるという意味でも、死を司る「もの」ではありますが、まぎれもなく、神はこちらです。バカっぽいしゃべり方にだまされそうになりますが(笑)。
これも内田樹さんの受け売りですが、「神はその理不尽さ故に、存在を証明するもの」なのだそうです。
旧約聖書のカミサマなんて、まさにそんな感じですよね。
この手の主人公にありがちなことに、月も、優等生で挫折したことが(おそらく)ありません。
ピンチを乗り越えたことはありますが、それはチェスの試合で盤上のピンチを切り抜けるようなもので、挫折を乗り越えたわけではありません。
挫折を乗り越えるというのはそういうことではありません。よね?
ですから最後に、リュークに「ここをどう乗り切るかが勝負どころだったのに、おまえもその程度だったのか」というようなことを言って見放されますが、本物の悪党だったら泥を噛んででもはい上がってこんかー!! とわたくしなども思うわけです。

月とL/ニアのどちらかに焦点をおいて語られがちかと思いますが、本当に語るとおもしろいのはリュークの存在なのではないかと、ちょっと、思いました。
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by n_umigame | 2008-01-02 18:01 | コミックス | Trackback | Comments(0)
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